さて、『日本児童文学』九七年十一―十二月号が特集として「今、子どもに何を語るか」を組んでいることからも、現実問題に決して無関心でなかったことが窺える。しかし、『ユリイカ』では欠如していたアクチュアリティを補完しようとしているのは、多少の時差はあるが、九八年一―二月号での特集「『物語』の現在」であろう。酒鬼薔薇事件は言うに及ばず、『エヴァンゲリオン』などのサブ・カルチャーが論じられるなど、ある程度の応答をして見せたと言える。たとえば、村瀬学[1998:8p]は、「その基本的なあいまいさを核に持つ点では『もののけ姫』と『エヴァンゲリオン』は同じような構造を持っている。そして実はそういう仕組みが、神戸の小学生殺害事件にもある」と指摘する。小論に即してリライトしておけば、虚構あるいは現実の解決不可能な決定不可能性自体が物語の再生産の条件となるようなループ(自己言及的構造)に言及したものと理解される。誤解のないように言っておくが、小論は『エヴァ』の謎本と酒鬼薔薇事件関連の言論の間には明らかな相関を認めるが、だからといって『エヴァ』と酒鬼薔薇事件の間に何かしら必然的な関係性を主張するものではない(『も ののけ姫』は、宮崎駿と庵野秀明が父―息子関係に譬えられて議論される場合に限り、小論に関わるとだけ言っておこう)。
 『ぱろる』では、先に言及した甲木[1997]の他、同八号で芝田勝茂[1997]が発言している。芝田は、『ユリイカ』九七年九月号のコンセプトが「イノセンスの幸福を約束し、抑圧を再生産し続ける悪循環の装置としての<児童><文学>」〔川島[1997a:195p]参照、引用者注〕であったことに象徴されるように、「児童文学にまつわることはなんでもひっくるめて、否定的にジェネラライズ(一般化)してしまおう、という雰囲気が感じられないか」[45p]と指摘する。注意されたいのは、「抑圧を再生産し続ける悪循環の装置」を指摘している編集部が当の児童文学に「無知」であったにもかかわらず、そのような批判を遂行している点である。芝田が言うように、「「抑圧を再生産している悪循環」というのは、ほかでもなく知識の羅列や難解な言語がステイタスだと信じているスノッブ(俗物)どものことであって断じて児童文学などではない」[45p]と信じたい。しかし、私が見た限り、児童文学に責任の所在を転嫁させたような事例は、灰谷批判などを除けば、殆ど見当らない。児童文学関係者が酒鬼薔薇事件等を結果として無視したのとは対照的に、第三者は当初から児童文学を無視して いたように思われる。したがって、否定的に一般化されたにせよ、無視されなかったという意味では積極的な側面が指摘できる(『ぱろる』九号が特集「子どもって何だ」を組んでいることも銘記しておこう)。
 いずれにせよ、『ユリイカ』九七年九月号を不当に一般化して、児童文学研究を批判することはできないし、小論もまたそのようなことを意図している訳ではない。川島[1997b]は『日本児童文学』誌上で、「児童文学とスポーツ」という特集にもかかわらず、酒鬼薔薇事件に言及してその関心の高さを示していた。『ユリイカ』における川島の批判は妥当だと考えるし、彼の姿勢には共感する。だからこそ、「結局のところ、少年(もちろん、少女も)だって、当然、人が殺したいし戦争がしたい。それを学者だとか評論家だとか、あるいは一般の親たちが、マスコミに登場しては、「信じられない」と叫び続ける想像力の欠如が、信じられない/これって、もしかしたら、案外「児童文学」の側の力不足のせいなのかもしれませんよ」[33p]という発言には、違和感をおぼえる。宮台真司[1997:36―37p]が指摘するように、酒鬼薔薇への共振率はかなり高い。そのような現実にあって、「信じられない」と叫び続けるのはネグレクトでしかない。その意味で、川島の批判は正しい。だとすれば、川島の意図はともかくとして、酒鬼薔薇に過剰にシンクロしてしまうような在り方こそが、それこそアクチ ュアルな問題ではないのか。ゆえに小論は、「想像力の欠如」ではなく「想像力の剰余」を問題とする。その上で、「想像力の欠如」が意味する問題(児童文学関係者が「善悪の彼岸」に共振を示して見せることの困難)に再度立ち戻ることにしたい。もちろん、以上の疑問は、必ずしも酒鬼薔薇事件に対するコメントとして書かれてはいない川島の発言に向けられるべきでない。川島を導きの糸にして辿り着くのは、児童文学関係者とは対照的に積極的に発言を繰り返し、挙げ句の果てに『ゴールドラッシュ』を書き上げてしまった柳美里の言説である。それこそ酒鬼薔薇に共振して書かれた『ゴールドラッシュ』は、「児童文学」として認められることはないだろうが、そのような認知はさしあたって問題ではない。果たして、酒鬼薔薇に共振した「想像力の剰余」は「善悪の彼岸」を欲望することで、一体何をしているのだろうか。

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