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『はせがわくんきらいや』は黒一色で大胆に描きだされた衝撃的作品である。これが絵本として登場することによって、従来の日本の絵本の概念はみごとに打ちこわされた。わたしはそう思う。その意味で、この一冊を選考した今江祥智、田島征三、若山憲、古田足日は、「新人賞最優秀作品」を選びだしたという個性発見の枠をこえて、絵本そのものの在り方にひとつの新しい地平を開示してみせたことになる。四人の選考委員が、この絵本についてどのような発言をしていたのか、そのことを確かめようと思ったのだが、今、その雑誌が手元にない。だからわたしは、この絵本から受けた衝撃の内容をわたしなりに整理することからはじめようと思う。 この絵本は、製造過程で砒素の混入したいわゆる「森永ドライミルク」をのんだ「はせがわくん」を描いたものである。厳密にいうならば、その「はせがわくん」と関わる子どもたちを描いたものである。「森永砒素ミルク中毒事件」は、一九五五年(昭和三〇年)に発生した。「患者が出はじめたのはこの年の六月ごろからで、岡山県を中心に近畿・中国・四国一円で乳幼児に原因不明の発熱・下痢・発しん・貧血・腹部膨張・肝肥大などの症状が現われ」た。その結果、翌年の厚生省資料によると死亡乳幼児一三〇人。患者は二六府県にまたがり一万二千余人。毒物は、日本軽金属清水市三保工場からでた「廃棄物」を、京都、大阪、徳島へと転売し、森永乳業徳島工場が粉乳製造過程で乳質安定剤として使用したものである(丸山博「いわゆる食品公害」より)。この事件は「後遺症」の問題、企業責任、国家責任の有無をめぐって係争され、『はせがわくんきらいや』が出版された一九七六年現在、形の上ではいざ知らず、人間に深い傷跡を残しているのである。 「母が事件を知り断腸の思いで母乳にきりかえ現在私は二十歳をむかえて健康にありますが、生まれつきのほそいからだと、やはりこのモリナガぬきに今の私は語れません」と作者の長谷川集平は「あとがき」で記している。 しかし、わたしが右のような「事件」のおさらいをするのは、この絵本がいわゆる「公害告発の書」だからではない。作者の語るように、確かにここにはその問題への告発性も含まれている。それは「はせがわくん」の「おばちゃん」が、 「あのね、あの子は、赤ちゃんの時ヒ素という毒のはいったミルク飲んだの。それから、体、こわしてしもたのよ」 という場面にあらわれている。この場面では、テーブルの上に哺乳びんとならんで「ビタミン入森永ドライミルク」の罐が大きく描かれている。左端上に、赤ちゃんベッドで泣き叫ぶ乳幼児の姿が描かれている。テーブルのむこう側にうしろで髪を束ねた「おばちゃん」の姿が描かれているが、それは、ドライミルクが毒物とも気付かず、これから赤ん坊の「はせがわくん」に与えようとするところである。おだやかなやさしい目で「おばちゃん」は哺乳びんに手をのばしている。 「空腹のはずなのに、ミルクを与えようとしても、いやいやをして、飲もうとしない。体が弱っているようだったので、口を割るようにして無理にこの子にのませました。毒入りなんて、思ってもみなかったのです」 と、被害者の母親のひとりが、のちに証言している。「はせがわくん」の「おばちゃん」もそれとおなじ気持だったに違いない。 この「おばちゃん」は、「はせがわくん」の異常に気付いた時、おろおろしたに違いない。その異常がじつはドライミルクのせいだとわかった時、歯ぎしりしたに違いない。しかし、この絵本では、「おばちゃん」のそうした苦悩や感情のゆれは故意に消去されている。 「でもあの子、元気な方なの。もっとひどい人や死んだ人もぎょうさんおってんよ」 というつぎの場面の言葉に集約されてしまう。その場面には、腹部膨張のまま死亡した乳幼児が、見開きの画面に描きだされる。手足の異常な細さ。それと対称的な頭部と腹部の大きさ。口を開き、片目を閉じ、見開いた左目も眼球を描かず白眼をむいた形で表現されている。「おばちゃん」の言葉のおだやかさにくらべ、その死体の絵は的確に怨念のほどを漂わせている。余白を大きくとることによって、しかも、死亡児をその下に粗描することによって、「おばちゃん」の怒りや悲しみを凝集した感じがある。 「おばちゃん」は激さない。激さない「おばちゃん」を描くことによって、よりはげしい憤りをわたしたちに伝える。「事件」発生から二〇年たって、なおこの問題が解決していないことを、わたしたちに語りかける。 こうした「告発性」がこの絵本の基層にあることはなんといっても否定できない。しかし、この点だけをもってわたしはこの絵本の傑出性を指摘しているわけではない。ここには「被害者」の「静かな訴え」以上に、基本的な人間の在り方の問題が表現されているからである。「はせがわくん」と関わる子どもを通してそのことは提示される。『兎の眼』の「みなこちゃん当番」がそうだったように、「はせがわくん」に関わることによって、子どもたちはじぶん以外の人間を尊重することを行動で示していく。一見「ダメ人間」にみえる「はせがわくん」がじぶんとおなじ命の重みをもった存在であることを知覚していく。そのことを、この絵本は、じつに生き生きと描きだす。 児童画そのもののように無雑作に描かれた冒頭の「はせがわくん」。あらっぽい筆づかいでデフォルメされた教室のたたずまい。困惑した表情の「ぼくら」。この第一場面からわたしたちは引きこまれる。大粒の涙を首かざりみたいに左右の目からほとばしらせている「はせがわくん」。その「はせがわくん」を「ぼくら」は決してはじきだそうとはしない。 「ぼくは、はせがわくんが、きらいです。はせがわくんと、いたら、おもしろくないです。なにしてもへたやし、かっこわるいです。はなたらすし、はあ、がたがたやし、てえとあしひょろひょろやし、めえどこむいとんかわからへん」。(第三場面の言葉) そういいながら、「ぼく」は、「はせがわくん」を突きはなそうとはしない。なぐりつけ、頭にきながらも、じぶんの仲間として背おい続けていく。そうしたやさしさが集約されているのは、第一三場面だろう。 校庭の鉄棒に両足をかけている「はせがわくん」。そうした遠景を頁の上段にすえて、「ぼく」の言葉が挿入されている。 「長谷川くん、もっと早うに走ってみいな。長谷川くん、泣かんときいな。長谷川くん、わろうてみいな。長谷川くん、もっと太りいな。長谷川くん、ごはん、ぎょうさん食べようか。長谷川くん、だいじょうぶか、長谷川くん。」 この「ぼく」の「呼びかけ」が、それまでの場面の「ぼく」の「はせがわくん」に対する乱暴な対応、あるいは、キャンデーにつられて「はせがわくん」につきあっていたとみえる身勝手さ、そうしたものの底にひそんでいたやさしさをみごとに開いてみせる。 最後の場面までいっても、「ぼく」のいうことは変わらない。涙をたらす「はせがわくん」を背おって歩く「ぼく」の言葉は、 「長谷川くんなんかきらいや。大だいだいだいだあいきらい」 である。 この絵本がきっぱりと拒否しているものは「同情」である。この世の中に大いに幅をきかせているあの「あわれみ」という人間対応の在り方である。「かわいそうやね」とか「大変ですわね」という言葉にひそむそれとは裏腹な「健常者」の自己満足ないし安心感。他人の不幸に哀悼の意を表しながら、じぶんがそうでなかったことに胸をなでおろす発想。そうしたしらじらしい人間の在り方に、この絵本は痛烈な一撃を加える。大切なのは「おかわいそうに」と同情することではない。たとえ「大きらいや」と率直にじぶんの気持をのべてもいい。その相手をじぶんとおなじ人間として受けとめることである。これは、身分・立場・年齢・経験・貧富・知識の多少、その他一切の「人為的価値観」をこえることである。否定するといってもいい。格差ある発想で人間関係を組むのではなく、人間関係をそうした「優劣の発想」から解きはなつことである。「ぼく」や「ぼくら」はまさにそのことを具現している。それだけではない。「ぼく」のいう「大だいだいだいだあいきらい」という言葉こそ、「はせがわくん」のハンディキャップをじぶんのこととして受けとめている血のかよった言葉なのだ。なぜな ら、この言葉は、「はせがわくん」に関わる「ぼく」の行動を美化することを拒否し、ひとりの当り前の人間として、当然のことをしていることを示しているからだ。相手をじぶんと対等に受け入れた時、「よそいき」の言葉は死ぬ。じぶんの気持をそのまま相手に差し出す。「ぼく」はそれほど「はせがわくん」に関わっているのだ。 はじめに、この絵本をひとつの衝撃という言葉で規定したが、それは、この絵本の右のような深い配慮に根ざしている。つまり、絵本でこれだけ人間の在り方が表現できるということである。それを長谷川集平がやってのけたということである。 こうした絵本が日本の絵本の世界にかつてあっただろうか。「やさしさ」を表現したものはそれまでにもあっただろうが、「やさしさ」をこれほど掘りさげて表現したものはなかったのではなかろうか。『はせがわくんきらいや』から一年たって、第二作『とんぼとりの日々』がでた。簡潔な線描のこの絵本もまた、きわめて深い洞察にみちていた。「とんぼとり」という子どもの日常的生活を描きながら、どきりとするほど重い問題をわたしたちに示した。子どもでありながら、すでに大人の生活のきびしさを知ってしまった転校生。そうした人生のきびしさを理解できない「ぼく」のとんぼに対する「感傷」。その「感傷」が時には生命をもうばいとる残酷な加害性をひそめていることを、この絵本はおどろくほどさりげなく表現してみせた。最後の場面を見終った時、思わずもれる溜息は、わたしたち読者の「やさしさ」の虚構性を打ちくだく。生命の重みが、とんぼの姿をして地面に落ちていくのを感じる。 絵本でどれだけのことができるかといったが、これだけのことができるのである。長谷川集平は、この二冊の絵本で、ひとつの turning point をつくった。この絵本を抜きにして現代の絵本を語ることはモグリに等しい。さりげなく、やさしく、しかも胸深く……というのが、わたしの受けた衝撃の内容である。 |
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