ルル(前)

 小説は一本の長い長い帯状の文字群から出来ている。もちろんそれでは使い勝手が悪いので、文字群は数十字ごとに折られ、十数行単位で束ねられ、数百枚に畳まれ、一冊の書物として編まれる。
 そこには書物の不自由さがあっけらかんと横たわっている。
 まず小説は一本の帯であること。一車線です。読者は路線変更できず、小説の引いた筋道の上を走る単調さ。
 次に、折り、束ね、畳まれ、編まれている窮屈さ。物語は、書物という器に合わせた形に加工され、各ページに規則正しく貼り付けられ、どこへ行くことも許されず、閉じ込められている。
 けど、もちろんこうしたことは書物小説の個性、魅力でもあるのやね。
 例えば、「小説はビジュアル作品より想像力をかき立てるからいい」って意見をよく聞くけれど、おそらくその事態は、この単調さと窮屈さから起こっているはず。
 読者が物語を書物から解放させたい欲望やね。
 このソフトは、そうした欲望をゲームで叶えてしまおうという試み。
 本の中に住むルルは幸せなお姫様だけど、友達がいなくてさみしい。ある日、森に円盤が不時着。別の惑星からやってきたロボットのネモと知り合う。ネモはご主人様から、本物の「暖かさ」を見つけだしてくるように言われて来たのです。それを探しに二人は旅に出る。けれどあることで二人は本の中の別々のページに行ってしまい別れ別れに。果たして二人は再び巡り会えるのか?

1996/12/04


ルル(後)

 とてもシンプルな物語を搭載したこのゲーム、モニターの中の書物を、クリックすればどこからでも読める。ここまでは普通の書物と同じ。
 次に、本文のいろいろな場所をクリックしていると、反応する文字がある。例えば「ルル」という文字をクリックすると、挿絵部分にルルの肖像画が出てきてこちらに手を振ってくれる。別の場所のルルって文字をクリックするとルルが笑う。こうして本文はその背後に常に何かを隠している可能性を帯び、読むばかりか、いじくる(クリック)存在となるわけ。これって結構スリリング。
 当然のことながら挿絵は、隅々までクリックの必要がある。梢をクリックすれば小鳥の鳴き声。小さな小屋からはニワトリたちが飛び出す。人形は踊りだす。
 こうしたことはもちろんしなくてもいいわけで、しなくとも本文だけで物語は成立している。読むのが面倒なら、朗読までしてくれる。せやからそれはプレーヤー(読者)の自由に任されている。その気楽な気分がいい。
 そして書物小説が夢見、諦念した出来事、作者が統御するはずの登場人物たちがページを自分で繰って、時には破って、別のページへ言ってしまう事態がモニターの中でいとも容易く実現しているのを見るのは感動的。
 翻訳者天沢退二郎の「『本当の昔話』となって愛され続けるだろう」との賛美は、いくらなんでも無茶やけど、ゲームで小説をする場合、この程度の質は保って欲しいと思わせる出来で、嬉しい。

1996/12/11