夢のつづきのそのまたつづき

パウル=マール

上田真而子訳 偕成社 1988


           
         
         
         
         
         
         
         
     
 西ドイツの児童文学作家によ楽しいる少年の夢の物語。「夢のつづきのそのまたつづき」という題名にまずわくわくさせられる。カバーもすてきだ。レインコートを着た夢見るようなリッペルの大きな姿とベッドで寝ているリッペルのカットが、白地に黄色と緑色を基調にして描かれている。挿絵も著者によるもので、パウル・マールは美術学校で絵を学んだというだけあって、本書は挿絵だけ見ていても楽しい。挿絵は黒白だが、現実の部分と夢の部分を、カット風な簡単な絵と一頁を使った大きな構図の絵で描きわけている。
 フィリップことリッペルは、小学校四年生でオリエントの本が大好きな男の子だ。お父さんとお母さんが仕事で一週間ウィーンに行くことになり、一人っ子のリッペルはお父さんのたのんだヤーコプさんと一週間留守番することになる。お母さんが買っておいてくれた『千夜一夜物語』を夜遅くまでかくれて読んでいたリッペルは、ヤーコプさんに本を取りあげられてしまう。リッペルはお話の続きを夢に見られないものかと考える。願いどおりリッペルは毎晩お話の続きを夢で見るようになる。
 リッペルの読み始めたお話とは、「女のわるだくみ、または王と王子の物語」で、ある王国の十歳になる王子が突然口をきかなくなる。命が危ないから七日間沈黙を守るようにと、賢人が進言したためなのだが、王様はじめまわりの者達にはわけがわからない。ここで本を取りあげられてしまい、リッペルが夢に見るのは、ここから先の王子をなきものにしようとする女の悪だくみとそれが失敗に終わるてんまつだ。
 目次を見れば一目でわかるが、物語は月曜日から日曜日までリッペルの留守番の一週間を追って進む。夢は当然一日の最後にきて、第一から第五の夢まで五回にわたっている。この物語の構成からも察せられるように、お話の続きといっても夢はリッペルの昼間の生活と深いつながりを持っている。夢と現実のつながりを追ってみよう。
 月曜日にリッペルのクラスにトルコ人の兄妹が転校してくる。アースランとハミデで、ドイツ語が苦手なのでアースランはほとんど口をきかない。第一の夢で、口をきかないのをいいこと王子にぬれぎぬをきせる王子のおば君はヤーコプさんで、アスラム王子はアースランで、王子を心配するハミデ姫はハミデだ。王子は王様の大好きな本を盗んだかどで追放になる。姫とリッペルも一緒だ。王様の本をかくしたのはおば君で、これはヤーコプさんが『千夜一夜物語』をかくしたのとつながっている。
 火曜日以降の夢と現実のつながりの主なものは、ムックという王子の犬と隣のエシュケおばさんがえさをやっているまよい犬。ヤーコプさんがまよい犬を家畜収容施設に入れてしまうと、ムックは追っ手から王子を救おうとしたまま行方不明になる。王子達を泊めてくれるカリフ館の主人は美術のゲルテンポット先生で女主人はエシュケおばさんだ。なんとかして王子と姫をお城に入れようとする計画に女主人は協力してくれるが、エシュケおばさんは二人がトルコ人だと知ってヤーコプさんに断られたアースランとハミデを食事によんでくれる。宿賃をかせぐためリッペルは夜の広場で懐中電灯の手品をするが、この懐中電灯はリッペルが夢のために着て寝たオリエント風の服のポケットに入っていたものだ。リッペルに励まされてアースランは少しずつ話しをするようになるが、これに呼応して王子の七日間の禁もとける。
 夢を物語の趣向とするものは妖精物語(ファンタジー)ではないとトールキンはいうが、夢物語の本書は次の点でれっきとしたファンタジーだと思う。夢はお話の続きを見たいというリッペルの願いが実現する世界であるということと、「あんたは、夢の中でお話を考えだしたのよ。」というエシュケおばさんの言葉が示すように無意識とはいってもリッペルがつくりだす世界だということだ。ヤーコプさんはいなくなり大好きなエシュケおばさんと一緒で、明日はお父さん達も帰ってくるという土曜日の夜、現実への期待が夢への期待よりも大きくなりリッペルはお話の結末を夢に見られない。結末はお母さんが話すのだが、つくりだすという行為を考えればリッペルの心がわかるお母さんが引き継いだのだから夢でなくても問題はない。
 また本書を楽しくしているのは、リッペルの本読み用かくれがとか著者の分身のゲルテンポット先生や子供の味方エシュケおばさんの存在や、外国人労働者とその子供に対する偏見を痛快に吹きとばしてくれるところなどだ。エキゾチックな『千夜一夜物語』を使ったことや、それとアースラン達のつながりもうまい。ただひとつの気がかりはまよい犬のムックのその後だ。(森恵子)
図書新聞 1989年3月25日