床下の小人たち

メアリー・ノートン作
林容吉訳 岩波書店

           
         
         
         
         
         
         
    
 もし、児童書を一冊だけ挙げろと言われれば、迷わず私はこの物語を選びます。これほど様々な要素を含みながら完成度の高いのはちょっとない。たとえば二重性。
 床下の小人たちの細々とした生活風景(マッチ箱のベッドなど)の面白さは、ドールハウスのようで、子どものごっこ遊びを彷彿とさせるのですが、ひとたび小人の側から眺めれば、ごっこどころか、かなりコテコテな日常生活です。家庭外(床上)労働(人間の物を借りる)に出かける夫と、家事に忙しい妻。つまり同じ一つの物語が視点によっては全く違って見えるのです。
 これは二人の主人公、床下の小人の女の子アリエッティと床上の人間の男の子においてもそうです。危険だからと床下から出ることを両親に禁じられているアリエッティ。通風口の格子から外の世界に憧れている彼女はもう一人のアンネ・フランクです。フェミニズム的には社会性を与えられない少女でもあります。そしてそんな状況から彼女がどう出ていくかを物語は描いています。一方、病弱なために、祖母の家に預けられている男の子は、発見した小人たちのために尽くすのですが、それは彼が寂しさを紛らわせるためにベッドの上で想像した物語にすぎないとも読めます。外に出ようとする女の子の物語でありつつ、内にこもる男の子の物語ですね。
 物語の構造も、メイおばさんが弟(さっきの男の子)から聞かされた話を、姪のケイトにしてやっているのを、読者が読んでいるという複雑なもので、弟の話が真実か真実でないか、床下の小人はいたのかいなかったのか、どちらともとれるようになっています。この辺りのオチは未読の人に申し訳ないので書きませんが、「やられた!」って脱帽しましたね私は。
 たった一つの真実なんかない。あなたの読み方によって、物語は別の顔を見せるんですよ、なんて難しいことを言わずに、それをおもしろい物語に仕立ててしまっているノートンの腕は確かなものです。(ひこ)
TRC児童書新刊案内2000.12