妖精の世界

フロリス・ドラットル 著
井村 君江 訳 研究社 1977

           
         
         
         
         
         
         
     
 『妖精の世界』は原題を、『イギリスの妖精詩−起源より十七世紀まで』といい、フランスの英文学者・ドラットルの学位論文につけられた副論文をもとに、一九一二年に英文で出版された著書の翻訳である。巻末には訳者井村君江氏による「英国妖精流離譚」という児童文学の中で現代において妖精が新しく蘇生するまでの歴史を28ページにわったて簡潔にまとめた論文と、36ページの「妖精小辞典」が付加され、参考文献もつけられていて、イギリスのフェアリーの入門書としても使えるように工夫されている。
ドラットルは、民間信仰、チュートン神話、様々の迷信が入りまじり、下層階級の人びとに信じられていたフェアリーが、中世以後、イギリスの詩人によってクローズ・アップされ、スペンサーの叙事詩に借用され、シェイクスピアによって真の生命を与えられる。しかし、十七世紀に入って、ジョンソン、ミルトン、ヘリック、といった詩人は、文学的な細工物としての非実在的なものにしてしまい、ロマンチシズムの勃興とともに、よみがえるかに見えたが、真の精神は失われてしまったままである、という要旨を豊富な例を引用しながら、語っていく。特にシェイクスピアに関しては、フェアリーの二つの本−神話的起源や人間には理解できない神秘、「人間」への働きかけという要素と、ロマンティックで純粋な社会構成、王とか女王とか宮廷という雅び、体の小ささ、フェアリーをとりまく環境が、現実へのパロディになりえるというもう一つの要素−を融合し文学的に最高に結晶させた作家として『夏の夜の夢』を中心に詳述。
ドラットルによると、人間の生活とかかわりのなくなった段階で消滅した筈のフェアリーが、現代児童文学の中で数多く存在している事実を考察するのに格好の著書であるといえるかと思うが、訳で英詩をよむので英文学の専門知識がないものが通読するのはかなり困難であろうし、また、最近のキャサリン・ブリッグズの研究成果などをよく知っているものには、物足りなく思われる。(三宅興子
「日本児童文学」1978年2月
テキストファイル化(杉本恵三子)