迷宮1000

ヤン・ヴァイス

深見弾訳・創元推理文庫

           
         
         
         
         
         
         
     
 「思い出すんだ! 記憶になにが起こったんだ? 思い出はどこへ消えてしまったんだ? 過去はどうなったんだ? この地獄のような頭痛! おれはだれなんだ?」 男は記憶をなくしていた。胸の手帳によると、どうやら探偵らしい。場所はミューラー館のなか、館への侵入の目的はタマーラ姫の救出らしい。男は館のなかをさぐるうちに、自分の姿は他人には見えないことを知る。ミューラーは、空気よりも軽く鉄よりも硬い物質の発見者にして、所有者だった。ミューラーはソリウムを法外な値段で売るいっぽう、ソリウムで千階立てのビル、ミューラー館を建てた。このビル建設は永遠に続いており、ひたすら天にむかって伸びているという。 男は迷路のように錯綜した館をさまよう。台の上に幻想的な星界の風景や町を並べて売る露店、快楽の部屋、証券取引所・・そのうち男は、ミューラーの邪悪な陰謀に気づく。
 ヤン・ヴァイスの『迷宮1000』は、なんともグロテスクで幻想的で奇怪なSFファンタジーで、まさに想像力の大サーカス。出だしは安部公房の『壁』のパロディ、途中の活劇部分は『スター・ウォーズ』のパロディ、全体としてはカート・ヴォネガットの初期の作品のパロディといった感じの小説なのだが、なんと一九二九年、チェコスロバキアで出版されたという。
 訳は深見弾。いうことなし。(金原瑞人

朝日新聞 ヤングアダルト招待席 1987/11/01