プリティ・パールのふしぎな冒険

ヴァジニア・ハミルトン

荒このみ訳 岩波書店 1996

           
         
         
         
         
         
         
         
     
 まずはじめに断っておかねばならないが、この『プリティ・パールのふしぎな冒険』という訳本は、大変に読みにくい。よっぽどしっかり、しかもじっくり集中して読まなければ、作品の味わいは伝わってはこないだろう。 
その原因のひとつは、おそらく、英語の意味を日本語の意味に忠実に変換しようとしたあまり、日本語としての音律的な美しさにまで配慮できなかった翻訳の問題である。が、実はそれにもまして、この本を読みにくくしているのは、作品そのものが持っている神話的な構造、および、その語りであることは間違いない。 
ケニア山に住む神の子プリティ・パールが、兄である最高神デ・コンケアとともにアメリカの黒人の歴史に立ち会い、体験していくこの物語は、状況の説明といい、登場人物の設定や描写といい、私たちの慣れ親しんだ物語の表現方法とは質的に大きく異なっている。たとえば、主人公プリティ・パールは、時として大人のマザー・パールとなる。さらに、シーンによっては、その両方が存在したりして、大変にややこしい。 
だが、このようなわかりにくい語りも、作家ハミルトンの一連の仕事から見れば、納得のいくものだ。自分が何者であるかを知り、しかも、そこに拘泥しないあり方を描き続ける彼女にとって、この先進的かつ根源的な手法は必然だったのである。(甲木善久)
産経新聞 1996/09/06