ひたひたどんどん

内田麟太郎文・伊藤秀男絵

解放出版社 1998

           
         
         
         
         
         
         
    
 このような作品に出会うと、絵本というメディアの魅力と豊かな可能性が感じられてうれしくなる。絵本だからできる、絵本でないとできない表現世界が確かにあるのだ。
 穏やかな春のお昼。町の人たちが「いい天気だね、今日も」なんて言いながら空を見上げると、なんと、海が空に浮かんでいて、「ひたひた どんどん」と押し寄せてくる。見上げる海の波間には、クジラもサメもアザラシもトドも浮かんでいる。町の空は海でおおわれ、ビルもバスもタクシーも、絵本までも浮輪をするはめになる。電柱はイヌにしがみつき、イヌはネコにしがみつき、関取はトマトにしがみつく。
 ほとんど意味不明だが、そのナンセンスな展開と、原色を配したダイナミックな筆遣いに圧倒させられる。とりわけ、うねり押し寄せる濃い青緑色の海の描写がすばらしい。そしてまた、登場する人物や動物、海の生き物などキャラクターの表情やしぐさのそれぞれが、ユーモラスで笑いを誘う。
 海は、「ひたひた どんどん」と、山のてっぺんをめがけて進んで行く。山のてっぺんにはシオマネキがいて、「しおこい、こい、こい」と、赤いはさみを振りながら潮を招いていた。パワフルでナンセンスで、チマチマとした日常性が見事に反転させられ、日々のうっとうしさが吹っ飛んでしまうような、元気の出る底抜けに楽しい絵本だ。(野上暁
産経新聞1998/11/03