火のくつと風のサンダル

ウルズラ・ヴェルフェル

関楠生訳 童話館出版

           
         
         
         
         
         
         
    
 靴屋の息子チムは組一番のでぶで、学校一のちび。しょっちゅうそのことをからかわれて、悲しくなります。七歳の誕生日、両親に「何がほしい?」といわれたチムは、「チムでなくなりたい」と答えます。お父さんが太った陽気な王様のお話をしてくれても、「ぼくは王様じゃないんだもん」。するとお父さんたちは、びっくりするような誕生日プレゼントを考えてくれました夏の四週間の間、行く先々で靴を直しながら旅をするお父さんと 緒に、旅をするのです! おまけに、お父さんはチムに「火のくつ」という、アメリカインディアン風の新しい名前をつけてくれました。 ついでにお父さんは、「風のサンダル」と名乗ることに。二人は足のむくまま、 野山を歩く旅に出ました。
  農家の牛にひきずられたり、川にはまったり、チムにとっては毎日が冒険です。夜にはお父さんは、チムにいろんなお話をしてくれます。でもお父さんは息子の機嫌ばかりとっているのではなく、仕事が終わると、チムがどんなにもっといたいと言っても、旅を先に進めるという厳しい顔も見せます。
 やがてある村で、チムはまた「やあ、でぶがきた。ゴールキーパーむきだぞ。ホールがとおりぬけっこない」とからかわれますが、むっとするのをこらえて笑いながら、「ぼくも入ってよけりゃキーパーになるよ」と返事することができました。チムと村の子たちはすっかり仲よくなり、別れる時にはチムは、「きっと来年もまた来るよ。そのときまでにぼくは、もっと太ってくるぞ」といいました…。
 この本を子どもの時に読んだとき、私はファンタジーを読むのと同じ様な読み方をしていました。ありえないような風景の中の、ありえないような暮らし……大人になって、この本が生まれたドイツという国のことをよく知るようになって、初めてこれが「ドイツではありうる」話なんだとわかってきました。ドイツの人たちは誰も彼も、野山を歩くのが人好きで、夏に徒歩旅行をするのは珍しくありません。さすがに最近は減った ようですが、旅して暮らすいわゆる「遍歴の職人」は、ドイツの伝統でした。そして、ドイツの人たちは、なぜだかアメリカインディアンが大好き!
 これが、実際にありうる話なんだと思って改めて読むと、つくづくうらやましくなります。親、特に父親が、子どもと向き合って長時間とことんつきあえば、子どもは自然と一回り大きくなって、抱えている「問題」を、乗り越えていける…でも日本のお父さんたちの中で、「風のサンダル」になれる人は、果たしてどれくらいいるでしょう? (上村令
徳間書店 子どもの本だより「児童文学この一冊」1998/1,2