ふたりの証拠

アゴタ・クリストフ

掘茂樹訳 早川書房 1991

           
         
         
         
         
         
         
     
 一九九一年に出た膨大な数の翻訳書の中で、ジャンルをフイクションに限れば、「悪童日記とその続編である本書は群を抜いて面白い。
「悪童日記」は「第二次大戦中の東欧のある町を舞台にした小説で、双子の兄弟が疎開先で成長する姿を描いている。といっても、いわゆる成長小説とは似ても似つかない毒に満ちた奇妙な味の小説である。
極端に短い文章でつづられるテンポの速いこの小説が、明るいのか暗いのか、自分たちえお徹底的に鍛えることで平然と戦争を生き抜くふたりの兄弟が残酷なのか純粋なのか、それらすべてが読者にゆだねられたまま、物語は進んでいく。そしてふたりの別離で終わったこの作品は、次の「ふたリの証拠」に受け継がれた。
前作で「ぼくたち」としか出てこなかった主人公たちは、この作品ではリュカとクラウスという名前をもって登場する。戦争は終わり、この国に残ったリュカの十五歳からの十年近くがこの作品で語られいる。
今回はさまざまな人物、それも、父親の子供を産んだ女、そのふたりの間に生まれた奇形の男の子、ホモ一セクシュアルの共産党員、といった一癖も二癖もある多彩な人物とリュカとのかかわり合いが縦糸。リュカとクラウスとのなぞめいた関係が横糸となっている。前作の単純でス卜レー卜な構成から一転して、物語は交錯しミステリータッチの展開をみせる。
リュカを取リ巻く人物描写の味わいもさることながら、リュカ(LUCAS) とクラウス(CLAUS) のアイデンティティーをめぐるなぞの深さは、並のミステリーをはるかに越え、この手の作品の代表といわれる「悪を呼ぶ少年」(卜マス・トライオン)さえ、物足りなく思えてくるくらいだ。
前作の力強さを維持しつつ、小説の持つ可能性をとことん追求した傑作。この作品を嫌いな読者はいても、そのすごさを否定でき読者はいないだろう。(金原瑞人