無面目・太公望伝

諸星大二郎


潮出版社 1989

           
         
         
         
         
         
         
     
 いったい諸星大二郎の頭のなかはどうなっているのだろう。たとえば双葉社からでている『西遊妖猿伝』(大友克洋の『アキラ』をしのぐ傑作という説もある)は、ご存知『西遊記』をもとにした劇画だが、どこからあんな途方もない発想とあれほどユニークなイメージが生まれてくるのだろう。まるで発想がイメージを生み、イメージが発想を呼んで、どこまでもどこまでも増殖していくような不気味ささえある。
 これから紹介する『無面目・太公望伝』もまた諸星大二郎の面目躍如といった作品だ。「無面目」のほうは、『荘子』のなかにある短い寓話をもとにしている。漢文の教科書には必ずといっていいほどでてくる「混沌」の話だ。南海の帝と北海の帝が好意のつもりで、中央の帝である混沌に目と耳と鼻と口をつけてあげたところ、混沌は死んでしまったという、ただそれだけの話が諸星大二郎の手にかかるととんでもなくふくれあがる。
 目鼻をつけてもらった混沌は、すたすたと俗界におりていって、漢の武帝にとりたてられていた有力者といれかわり、地位と権力を手にいれ、血で血を洗う陰惨な事件を引き起こし、やがて自分が混沌であったことを忘れてしまう。そして『荘子』にあるとおり死んでしまうのだが、混沌がいかにして死ぬか、興味をそそられた方はどうぞ本屋へ。
 想像力をかきたててやまない小宇宙への旅は楽しいものです。(金原瑞人

朝日新聞 ヤングアダルト招待席89/11/05