ベンとぼく

ロバート・ローソン作・絵

小峰和子訳 福武書店 1939/1988

           
         
         
         
         
         
         
         
     
 『はなのすきなうし』と言えば白黒のフェルディナンドの姿がすぐに思い浮かぶが、このフェルディナンドの挿絵はアメリカの絵本作家ロバート・ローソンによるものである。ローソンは一人でカルデコット賞とニューベリー賞両賞を受賞している。本書はローソンが一九三九年に書いた作品である。
 『ベンとぼく』のベンはベンジャミン・フランクリン、ぼくはネズミのアモスで、本書はネズミのアモスの口からフランクリンの生涯を語っている。実在の人物を題材にした作品には、モナリザを描いたレオナルド・ダ・ヴィンチの謎に迫ったE.L.カニグズバーグの『ジョコンダ夫人の肖像』があるが、本書の発想の奇抜さは群を抜いている。科学者で発明家、編集者で印刷業者、哲学者で文筆家、政治家で軍人、アメリカの偉人ベンジャミン・フランクリンの偉業は、実はネズミのアモスのアドバイスによるものだったというのだ。
 アモスの家は、両親と二十六匹兄弟の大所帯。口べらしのために家を出た長男のアモスはフランクリン博士の家にもぐりこむ。アモスの助言で、新型の暖炉こと燃料が節約できて熱効率の高いフランクリン・ストーブが出来上がる。この共同製作でフランクリンはアモスと契約を結ぶ。フランクリンがアモスの家族に食べ物を届ける代わり、アモスはあらゆる助言をおしまずフランクリンのために一生懸命つくすというのだ。それ以後、アモスはフランクリンの毛皮の帽子を住み家にしフランクリンはその帽子を片時も離さない。
 「貧しいリチャードの暦」、雷と電気の同一性を証明した凧の実験、アメリカ独立宣言の起草文、フランスに財政援助を求めに行ったことなど、フランクリンの生涯の主要な業績が次々と紹介され、アモスとのユニークなエピソードが展開される。アモスが暦を書き直したためにあわやフランクリンがリンチにされかかった話や、凧の実験で電気ショックに慌てふためくアモスの姿など読者を大いに楽しませてくれる。
 楽しいのはエピソードの面白さと同時に、アモスやフランクリンの様々な表情をユーモラスに生き生きと伝えてくれる挿絵の素晴らしさにもよる。白黒のデリケートな線で描かれたローソン独特の挿絵は、それだけでも読者をとりこにする。
 また物語は、アモスの原稿にローソンが挿絵を添えて作ったことになっている。それだけにフランクリンはアモスから見たフランクリン像になっていて、普通の伝記よりも偉人をずっと身近に感じさせてくれる。日本の読者がフランクリンを知るにはうってつけかもしれない。
 フランクリンの伝記という側面から作品を見てきたが、本書は伝記というよりも偉人顔負けのネズミの物語だろう。通りを歩くにもアモスに案内してもらうフランクリン、そしてアモスの助言を買うという契約など最初からアモスはフランクリンを凌いでいる。        
 この傾向は、物語の後半にいくにつれて強くなる。ヴェルサイユの戦いにいたっては、もうアモスの一人舞台である。フランスの貴族ネズミ、ソフィアの捕らわれの子供達を救うため、アモスとレッドの部隊は宮廷の白ネズミどもと戦うが、ここでフランクリンはアモス達の部隊の隠れ場所となっているだけで、道化役者的存在になり下がっている。反対に言えば、フランスに財政援助を求める場ではアモスの助言の出番がなかったということだろう。
 ニューヨークヘラルドトリビューンの評に、「子どもだけでなく、ものすごくたくさんの大人が、この本を気にいっている…この本は、お父さん自身が大好きだから、子どもへのおみやげに買っていく、という本だ。そしてお父さんも子どもも、楽しいひとときをすごすだろう」とある。フランクリンに馴染みはないが、日本でも子供も大人も楽しめる天才ネズミの物語である。(森恵子)
図書新聞 1988年6月11日