800

川島誠

マガジンハウス

           
         
         
         
         
         
         
    
 スポーツもの、というと、マンガやTVドラマでは「青春の定番」という感じがするけれど、小説というジャンルではあんまり見かけなかったような気がする。この本『800』を読んで、なんだ、こんなにおもしろいかならもっと出ればいいのに、と思ってしまった。
 が、つらつら考えるに、この場合、素材の「800メートル」が、よかったのかもしれない。トラックを2周するつらいレースだ。この特別な長さを走ることに取りつかれてしまったランナーには、それゆえのドラマがある。スポーツものに欠かせない設定といえば、「宿命のライバル」。交互に一人称で語るふたりのランナーがまさにそれだ。フォームなんかバラバラなのに勝負強い「俺」は、ストレートに本能に生きるやつ。なぜか女運もいい。冷静で合理的な「ぼく」は、孤独を愛する坊ちゃんタイプ。対照的なふたりの間に展開する、抜いたり抜かれたりの競り合い。ライバルゆえの奇妙な友情も目ばえたりする。
 高校生だから当然、競技以外のかれらの関心が向くのは、セックスだ。やりたい一心の「俺」と、やっぱり屈折してしまう「ぼく」。ここでもふたりは対照的なライバル。
 著者の川島誠は、緊張をはらんで躍動する身体の感覚をリアルに描いて偉大な肉体派作家だ。そうなのだ、青春ってやっばり肉体だ。(芹沢清実)
朝日新聞 ヤングアダルト招待席 92/04/19

テキストファイル化 妹尾良子