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 No.1 The Hunter in Fairy-Landは 18×12 和紙平紙、色刷、和綴である。上に AINO FAIRY TALES By B.H.chamberlain No.1 と藍色の手描き文字で記され、その下にお椀の形に切り抜いた中に、浅い水色の空と、茶色の峨峨たる山の絵があり、水色の個所に白抜きで THE HUNTER IN FAIRY-LAND と二行に分けて題名が記されている(図1)。お椀の横に手描きペン文字で an Aino potとメモがある。下には弓と矢の端正な絵があり、そこにも手描きペン文字で Bow, Poisoned Arrow とメモがある。表紙と裏表紙とは見開きの図柄になっていて、裏表紙には弓の半分と装飾をほどこされ、水色の紐のついた矢筒が描かれ、手描きペン文字で A Quiverとメモがある。表紙、裏表紙の縁は鮮やかな藍色で縁取られ、一目でそれとわかるアイヌのあつし(アイヌ語でattushとなっている)の縁模様が白抜きで美しく描かれており、裏表紙の上隅にペン字で This is the pattern on Aino cloth と記されている。これらは明らかに採集者のメモである。表紙下の青い模様のところに、Published by the KOBUNSHA,Tokyoと活字で書かれており、最後の9ぺ−ジに First told in English by B.H.Chamberain.明治二十年四月十三日版権免許、東京府平民出版人 長谷川武次郎、東京京橋南佐柄木町二番地とあるが、画家の名はない。定価十五銭というあきらかに後から押したと見られる印もある。
 画家の名はないが、この第一巻は後に記す第三巻と非常によく似た筆致、装丁で、その第三巻には、著者、発行者と並んで画工、東京府平民小林永濯(東京府南葛飾郡小梅村三百三十五番地)とある。色調も画風も一巻と三巻はそっくりであるから、一巻目の画も永濯のものと断定してよいだろう。
 一巻目の開いた頁は、左には鼠色の地に雪をかぶった松と、古風な鏡の中に薄桃色の牡丹の花が描かれている。(図2)松と牡丹の画は様式的なものであり、話の内容と全く関係なく余白を埋めるために置いたとしか思えない。松の下にAll Rights Reservedと手描き文字が見える。右の頁から物語は始まり、これは全て活字であるが、ただ第一頁に手描き飾り文字で、縦に模様のようにThe Hunter in Fairy-Landと記されている。各頁に絵はあるが、特別優れているとも見えないし、アイヌの話にふさわしくもない。一頁目の熊はおそらく木彫りの熊を見て描いたのではないだろうか。見開き二〜三頁の山も中国風の岩山の印象である。さすがに主人公はアイヌの服装をして髭を生やし、弓矢を持っているが裸足なのがいけない。四〜五頁の洞窟、蛇、六頁の蝶や蜂、七頁の松、どれも日本風だが、九〜十頁の家屋がそう思って見ればややアイヌ風にも見える。しかしラストの見開きはアイヌの天国やそこから迎えに来た五色の翼のある妖精の絵であるが、神仙譚の蓬莱図の焼き直しとしか思えない。おそらく物語だけを聞かされた永濯はアイヌについての知識は皆無だったのだと思われる。物語は次のようなもので「異郷譚」の一つといえるだろう。

 雪の日に熊狩りに出た主人公は、山奥深く入り込んでしまい、そこでやっと辿り着いたのは一条の光も射さぬ洞窟であった。長い時間かかって向こう側へ出るとそこはまばゆい妖精の国。飛ぶ鳥の目はダイヤモンドで、蜂の羽は金色。そこで口にした野苺は梨や桃の何百倍もおいしかった。しかしふと気づくと足がなくなっていて、長い尻尾の蛇に変身していた。もはや歩くのではなく這い、驚いて叫んだ声はシュ−シュ−という蛇の息になっていた。疲れはてどうしたらいいのか分からず、松の根方で眠りに落ちる。夢の中に松の精が現われ「そんな姿になって気の毒だが、それはこの国の果物を食べたからだ。人間の姿に戻りたかったら、松のてっぺんまで登り、疑わずに身を投げることだ」という。男は迷い苦しむが、美しい妖精に惹かれていたし、このまま爬虫類として忌み嫌われるよりは死んでしまったほうがよいと考え、妖精の言ったとおり空中に身を躍らせて、飛び、途方もないショックで気を失った。意識が戻ると、松の根方にいて、目の前に裂けた蛇の死体があった。男は助けてくれた妖精に礼を述べると、走りに走って洞窟に辿り着き、岩から岩へ飛び、谷を下って家へ帰り着いた。夢に 松の精が現われ「あなたは妖精の国の果物を食べたから、長く人の世にいることはできない。私は熊の姿をしているが、妖精の国の者だ。あなたと結婚したくて待っている」という。翌朝彼は具合が悪く、三日後に死んだ。夜の間に五色の翼の妖精が訪れ、彼を翼に載せて妖精の国へ行ったのだ。二人はそこで幸せに暮らしている。そして二人とも時々、翼を金色に輝かせて鳥が囀り、枯葉が絹のように光輝く時には、こちらの世界の野山にも来ているようだ。

 これと同じ話を稲田浩二の『アイヌの昔話』(注13)や『日本昔話通観』(注14)に見つけることはできなかったが、大筋としては「異郷譚」に分類されるだろう。「守護樹」のモチ−フは、バチェラ−の『アイヌの昔話』にもある。アイヌはカムイである熊を狩りに行く時に特別な樹、例えばミズキ、カシワ、エゾマツ、トドマツ、ハンノキに「我らを助けて幸いあらしめ、而して災害に遭わざるようなさせ給え」と祈るという。『昔話通観』で見ると、この話の中に共通するいくつかのモチ−フはある。例えば『通観』にはアイヌの観念の中では「神々の国(カムイウタリ)と人間の国(アイヌモシリ)に優劣、上下はなく、どちらにも行き来できる」とある。アイヌには自然界と人間界を明確に区別する意識はないのだ。「変身」のモチ−フも珍しくない。天上界の妖精は、ある時は熊の獣皮をかぶって深山のどこかに住んでいると考える。また、アイヌの話にも、「仙郷のものを食べてこの世に帰れなくなる」というモチ−フもあるが、日本神話の「黄泉戸喫」のように、一旦黄泉の国のものを口にしたからには決してそこから出られないというほど画然とした仕切りはなく、カムイとなれば天地の両 界を自由に往復する。
 チェンバレンがどこで誰からこの話を聞き取ったのかが分かったのは私には大収穫で、そのことは後の章で述べる。その聞き取りはかなり信頼できる。主人公のいなくなった妻はどうなったのか、主人公は最後まで幸せでいられたのかなどについて、近代人が納得する合理的な結末をわざわざ書き加えたりしてはいない。
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