月の影 影の海

小野不由美

(上下巻)/講談社X文庫

           
         
         
         
         
         
         
    
 「自分は『まちがった』場所にいる、本当の『私の場所』はどこか別のところにあるはずだ…」という気持ちは、誰でも一度は感じたことがあるものだと思います。 70年代以降、英語圏では「まちがった場所にいる自分」をテーマ にしたファンタジーが増えている、とする評論がある、と教えてくれたのは、翻訳者の西村醇子さんでしたが、たしかにそう思ってみると、このテーマを扱った本は、日本でも増えてきている気がします。
 「月の影 影の海」の主人公陽子も、いつもなんとなく「居心地が悪い」こ感じている高校一年生。成績も悪くないしまじめと言われるけれど、親にも友達にも本当の絆を感じられない…そんな陽子のもとに、ある日謎の青年が現われ、「あなたは私の主です」と、妙なことを言ううのです。そして青年にさらわれるようにして不思議な別世界に足を踏み入れた陽子を待っていたのは、今まで以上の孤独と、異形の獣との苛酷な戦いの日々でした。
 小野不由美の描く「十二国記」のシリーズは、ちょっと中国風の、十二の国のある別世界でくり広げられる壮大なファン夕ジー。この世界では、一つの国に一人の王と一匹の「麒麟」・・主に絶対の忠誠を誓い、王を補佐する神獣・・・がいます。そして前王が倒れたとき、新しい王を選ぶのは「麟鱗」なのです。(十二国記」の大きな魅力の一つは、さまざまな王と麟麟の組み合わせの妙だと思います。) 陽子を迎えにやってきた青年は、「慶国」の麟鱗が化身したものでした。陽子はもともと「十二国」の世界に属していたのに、ちょっとした偶然から日本という「まちがった場所」で育っていた、そして今、麟麟は彼女を慶王に選んだ…。でも「新たな場所」にただたどり着いただけでは何も解決しない、ということを、陽子は悟ります。
 「どこかに居心地のいい別の場所があるはず」と夢想することと、新たな場所に根を下ろすことには、大きな違いがあります。新たな場所を本当に「自分の居場所」にするためには、それなりの努力や葛藤、自分自身の成長が求められるのです。
 この本の終わりで、陽子は「慶国で生きる」と決心します。そして、続編にあたる「風の万里黎明の空(上下)で、やはり「まちがった揚所」に置かれたと感じている二人の少女と出会ったり、「王のあるべき姿」に悩んだり、長い道のりの末に、ようやく「慶国の王」という「場所」が、自分のものだと思えるようになったのでした。 (「十二国記」の姉妹編といえる同著者の「魔性の子」(新潮文庫) も、迫力があってお奨めですよ。)(上村令
徳間書店 子どもの本だより「児童文学この一冊」1995/5,6