四月の野球

ギャリー・ソ卜著
神戸万知訳 理論社 1999

           
         
         
         
         
         
         
     
 メキシコ系アメリカ人はチカーノとよばれるが、これはカリフォルニア生まれのチカーノ三世である詩人・作家ギャリー・ソトが子どもに向けて書いた短編集。ソトの作品が日本に紹介されるのはこれがはじめてだが、暖かくて、もの悲しくて、なんともいえないなつかしさを感じさせられる佳編である。
 十一編の作品は、どれもみな、もうすこしどうにかなりたいと願う人たち、特に子どもたちをえがいている。表題作「四月の野球」は、野球選手への憧れを持つマイケルと弟ジェスの話だ。マイケルは三回、ジェスははじめて、リトル・リーグの入団テストを受けるが二人とも不合格、しかたなく地域のチームに加わるが、マイケルはガールフレンドができて、さっさとやめてしまう。ジェスはがんばってそのチームに残り、シーズン中もう一つある地域チームとの五試合に出て全戦全敗。メンバーもだんだん減り、ついにはコーチもこなくなる。夢の挫折の一つである。しかし、偶然にうまくいく場合もある。
 「ラ・バンバ」の「マニュエル・ゴメス、五年生」は友達に「おまえ、やるな」といわれたいばかりに、学芸会の出し物に参加すると手をあげ、「ラ・バンバ」を歌うことになってしまう。後悔しながら舞台にたちレコードにあわせて歌ううち、レコードがつかえて同じ箇所を繰り返すので、ゴメスは 「バラ・バイラール・ラハンバ」をなんども繰り返し、大喝采を博す。これなど、まったくの偶然が生み出した小さな成功例である。夢を持ちつづける大人と子どもが登場するのが「夢をおう二人」である。
 「へクターの祖父ルイス・モリーナは、メキシコのハラバにある小さな町に生まれ」今も故郷を懐かしみ、できれば億万長者になって故郷に錦を飾りたいとねがってカリフォルニアに住んでいる。彼は、娘婿が不動産でもうけたことをきくと、自分もそれでもうけて故郷にすてきな家を建てたいと思い、お気に入りの九歳の孫ヘクターに、近くの売り家の値段を不動産屋に電話で尋ねさせる。値段は四万三千ドル。老人はびっくりするが、漆喰の壁にひびが走っているのになぜそんなに高いのか、また孫に電話させる。
 ささやかな、壮大な、滑稽な-さまざまな夢を抱いて日々を送る人々、特に子どもたちの心の動きを、ソトは小さな宝ものを大切に磨くように深い共感をこめて語っている。一つには、この作品に登場する子どもたちが、作者の人生の原点だからであろう。彼は、そこから子どもの文学をはじめることで、自分の今を確かめている。もう一つは確固とした楽天主義。暖かいさわやかな作品だ。(神宮輝夫
ぱろる10号 1999/05/10