九つの銅貨

W・デ・ラ・メア

脇明子訳 福音館 1987

           
         
         
         
         
         
         
     
作者のウオルター・デ・ラ・メアは今世紀初頭に活躍したイギリスの詩人である。彼の子どものための詩集「ピーコック・パイ』は、イギリスやアメリカで広く子どもたちに親しまれている。また、テイツシュナーに向った父を追って三人のサル王子が旅に出る子ども向けの長編フアンタジー『ムルガーのはるかな旅』が、飯沢ただすの『ヤンボー ニンボー トンボー 』のもとになった作品だといったらびっくりするかたも多いに違いない。
本書は、デ・ラ・メアの十七の短編を集めた『子どものための物語集』から五編を採ったものである。『子どものための物語集』は、エリナー・ファージョンの『ムギと王さま』と並んで昔話の流れをくむリテラリー・フェアリー・テイルの現代の傑作とされる作品である。
デ・ラ・メアは子どものためだからといって、けっして調子を下げるようなことはしない。詩でも物語でも彼の作品は文学的に質の高いことで有名である。また、デ・ラ・メアの作品は神秘的雰囲気に包まれている。それは彼が「我々が見聞きしているのはそのもののほんの一部にすぎない」といって、現実のまわりにある超自然の世界を一貫して描いているからである。そしてこの超自然の世界を最も素直に感じることができるのは子どもたちだとしている。
第一話「チーズのお日さま」は、妹と二人暮らしの妖精の若者が妖精たちをおこらせて散々に仕返しされる話。表題作の「九つの銅貨」は、病気のおばあさんと二人暮らしの少女が経済的にも精神的にも窮地に追い込まれた時、妖精のおじいさんに助けられついには妖精の国まで連れていってもらう話。
 「ウォリックシャーの眠り小僧」はデ・ラ・メアの短編中最高の作品とされるもので、けちんぼのノルじいさんと三人の煙突掃除の小僧の話である。ノルじいさんは煙突掃除の仕事がいかにつらくても元気一杯の三人の小憎が憎くてたまらない。ある晩じいさんは、小僧たちの夢の身体が音楽に誘われ夜の冒険にでかけるのを目撃する。ノルじいさんは魔女から小僧たちの身体を氷久に自分の奴隷にする方法を聞き出す。しかし結果はじいさんの思い通りには運ばず、小僧たちは眠り姫のように四十年も眠り続けることになる。
「ルーシー」では、大きな屋敷に住む三人姉妹の末っ子のジーンは姉たちにかまってもらえない寂しさから空想の友だちルーシーを作りり出す。長い年月の後三人は貧しくなり、長姉が死ぬと二人の妹は屋敷をでる。ある時ジーンが懐しい屋敷を訪れると、水たまりにうつったのは年とった自分の顔ではなくルーシーの顔だった。
最後の「魚の王様」は、釣り狂いの若者が魚になって魚の王さまに釣りあげられ食べられそうになりながらも、魔法の薬を手に入れて魚の王様に人魚に変えられていた娘を救い出す話である。
いずれの一編も超自然な世界を垣間見せてくれるのだが、読者は、デ・ラ・メアのきっちりした物語構成や細やかで目に見えるような情景描写によって不思議な世界に引き込まれてゆく。白い霧に閉じ込めてしまう妖精の意地悪や銅貨をわざと盗ってしまう妖精のおじいさんに戸惑いながらも美しい妖精の果樹園に見とれたり、「ハメルンの笛吹き男の笛に引かれるように子ども夢の身体が遊ぶ世界に迷い込んだり、本当にルーシーの顔を見たような気になったり、高い塀の中の魚の王の世界に胸をどきどきさせたりするのである。
また、黒白の木版画を用いたさし絵やクロス地の感じがする表紙は、本書にぴったりで神秘的な雰囲気を一層盛り上げている。
せわしく心に余裕がなくなりがちな今日、本書は現代人が忘れていた心の故郷を雇い出させてくれる。(森恵子)
図書新聞1988/04/16