顔のない男

イザベル・ホランド:作
片岡しのぶ:訳 富山房 1994.7

           
         
         
         
         
         
         
     
 主人公チャールズは、女だけの家庭で、父親になろうと次々やってくる男達をかわしながらみじめな日を送っている。母親は彼を傷つけることを平気で言うし、父親の違う二人の姉妹はそろって頭が良く、そのうえ美人の姉は弟に意地悪だ。彼の望みはいつか自分の父親のようなパイロットになること、この生活から逃げ出すこと。しかし、チャールズ自身父親の記憶はほとんどなく、母親や姉の語る悪口は少年の心を刺す。夢に現れる父親に顔がないのは、彼の不安と思慕が投影されているのだろう。寄宿学校の受験にも失敗した夏、八方ふさがりでやってきた別荘で、彼はマクラウドと出会う。
 顔半分に火傷の跡があるため「顔のない男」と呼ばれているマクラウドは、孤立した生活を送っている。「誰も自分の行為の結果からは自由になれない」の言葉通り、過去の傷ゆえに自分を封じ込めてきたらしい。チャールズも複雑な家庭の中で愛情に飢え、また一方でおぼろげな記憶の影におびえ、孤独へと逃げこんでいた。
 行き場のない二人が次第に近づき関わる展開に、心の共鳴によって互いが癒されていく様がよく見える。人は癒されることなくして、自分を見つめ直す強さ、生きていく力を獲得することはできないのではないだろうか。
 本書は好評だった映画『顔のない天使』の原作。孤独な少年と中年男のふれあいを軸に共に癒され成長する過程を追いながらも、映画では執拗に同性愛を否定する。しかし、師弟愛や父性愛だけに終始する物語にはなんとなく肩すかしをくらったような感が残ったものだ。少年にとって芽生えたばかりの愛がたとえ同性愛という形をとろうとも、興味本位な匂いなどそこには微塵もない。その経験を越えて主人公が今後もなお「愛を恐れずに生きていく」力を確信できる…その爽やかな愛の賛歌に作者の力量と子ども達への深い愛情を見ることができる。(園田 恭子
読書会てつぼう:発行 1996/09/19