悲しいくらい好きだった

薫くみこ作/のぞえ咲絵

ポプラ社 1996

           
         
         
         
         
         
         
     
 実際には起こり得ないような怪奇な物語がリアリティーを持つのは、登場人物の微妙な心の動きに読み手の共通感覚が巧妙に作用するからなのだろう。 
 この作品は、現象としての怪奇を追うのではなく、心のドラマを核に、伝えようとして伝えられないまま死んでしまった少女の思いをじつに巧みに繰り込んで、少年と少女の悲しいまでに美しい心のふれあいを、桜の花のイメージと象徴的に重ね合わせて感動的に描いてみせる。 
 母の出産のために叔母の家に預けられたこみちは、見知らぬ少女が現れる同じ夢を毎晩見続ける。そのうち少女は、白昼も家の前を行ったり来たりしてこみちを動揺させる。少女は、目の前で母親が交通事故死したのがきっかけで言葉を失ってしまっていたのだが、転校してきたこみちのいとこの誠也によって言葉を取り戻し、彼を慕うようになる。しかし、それがきっかけで誠也は仲間にいじめられる。少女は誠也にひとこと謝って自分の思いを伝えたかったのだが、それが果たせぬままに心臓病で死んでしまうのだ。他人には見えないものを見たり聞いたりできる、不思議な能力を持つこみちを媒介して、死んだ少女の思いが誠也に伝えられ、少女の思いが遂げられる。少年と少女の微妙な心の動きをみごとにとらえて、怪奇な世界を鮮やかに浮上させる筆力が読みごたえのある作品にしている。(野上暁)
産経新聞 1996/12/13