ごめん

ひこ・田中
偕成社1996

           
         
         
         
         
         
         
     

 父親の存在が希薄になったといわれ、特に少年たちは生き方のモデルを見失ったといわれる。銭湯が減って家風呂が当然の彼らは、〈父の背中〉だけでなく正面の姿を見ることもなく育ち、自分の体の〈変身〉にひとり悩んでいるのかもしれない。本書ではプロレス大好きの少年キンタ、人間より猫をこよなく愛するニャンコという親友に囲まれ、体の早急な成長に戸惑いながら初恋にも揺れるセイのタイヘン!な日々がひこ・田中独特の口調で展開していく。
 ある日、突然おとなになってしまった小学六年のセイ。洗ってないパンツを母親に見つかり、尻をたたかれてやってきたらしい父親から、いきなり「男同士だ」とか「大事な大事な素」とか話されても、「え?」の行列なのだけど…。日頃の反省をこめ、一生懸命息子と父子しようと努力する姿はにくめない。
 一度出会っただけで好きになったナオちゃんを必死に探し出したまでは画期的だったけれど、彼女の前では限り無くガキで…中途半端でアンバランスな自分の体と心にふりまわされる。学校でも、グループ同士の牽制あり、級友へのシカトあり、中学受験のしがらみと六年生の現実は決して甘くはない。おまけに風変わりなばあちゃんからクンコまで、威勢のいい女たちとわたりあわなければいけないし、苦労は多いのだ。
 登場する男たちの、それぞれの人生、恋、そしてそれぞれ通過してきた経験がセイへの言葉にあふれる。互いの世界を認め合い、かつ同じ時間の手応えも確認できるキンタたちとの関係は羨ましい。バーチャル世界のキャラ相手で満足している暗い小学生に終わっていたかもしれないセイが、たくさんのエールを受け、ドキドキをくり返しながら、しなやかに伸びていく。
 タイヘンな男の子たちへ本人へと言うより(おそらく読まないだろうし)、彼らを取り巻く少女たち、できれば母親たちに読んでもらいたい。とにかく、生きることに前向きで、人生に対しての初々しさに満ちている作品。(園田恭子
読書会てつぼう:発行 1999/01/28