原書と読み比べる


細江幸世

           
         
         
         
         
         
         
    
「輝く季節」
ターシャ・チュ−ダーの絵本が、近年、アメリカや日本で、こんなにも多くの人たちに読まれるようになるとは思いませんでした。古風な愛らしい絵で、毎日を淡々と写し取っていくチューダー。植物や生き物を見つめるまなざしはビアトリクス・ポターに似ていますが、もっと柔らかく暖かい感じ。日々の暮らしをすべて、手仕事でまかなっているというチューダーの基点を、この絵本は見事に見せてくれます。家中にバレンタインカードを配る<雀の郵便局>。親戚総出のメープルシュガー作り……どの月の行事にも、人々の時や自然に寄せる思いの強さを感じます。

「かいじゅうたちのいるところ」
「こわいけどすき!」この本を何度も読んでもらう子は、きまってそういいます。こわそうに絵本の前から、ちょっと体を引いて聞いている子に「もうよむのやめようか?」ときいても、ううんと首を横に振られてしまいます。どこにそんなに魅かれるのでしょう。マックスが強いから? かいじゅうおどりがおもしろいの? きいてみてもわかりません。この絵本ほど、多くの大人たちにいろいろと解釈され、思わせぶりな詮索を受けた作品は今までにないのです。かいじゅうたちのねむりをさまし、マックスのもとに船をはしらせたもの……それが、きっとこの本を愛す人には見えるのです。

「ロバのシルベスターとまほうのこいし」
 子どもと親のすてきな姿を描かせたら、断トツ一番なのが、スタイグの絵本でしょう。「指輪物語」など、トールキンの翻訳で知られる瀬田貞二さんの訳も、甘くなりがちな絵本のトーンをぴりっとひきしめています。スタイグの描く、人間以上に人間らしい表情の動物達がいるからこそ、このすっとんきょうなストーリーの奥にある、存在するということの危うさと嬉しさを強く感じることができるのでしょう。

「へびのクリクター」
 へびとかたことかどろぼうとか、ウンゲラーは、たいていの人が、ちょっとね、と思うものを主人公にお話を作るのが好きな人だ。ご本人もちょっとね、と思われそうな人なのだろう。なんせエロティックな漫画で一世を風靡した人だからねえ。でも、クリクターはちょっとね、なんて言わせないような活躍で、町中の人から愛され尊敬され、長く幸せに暮らします。なんとも古典的なストーリーの絵本だけれど、イラストと設定とキャラクターが古くならないのです。これって絵本の強さだよね。

「どろんこハリー」
 ぼくはぼくなのに、まわりの人にわかんなくなっちゃったらどうしよう……それは小さな子の一番の恐怖ではないかしら。迷子になるっていうのも、そういう状況の一つですね。「どろんこハリー」のお話も、子どもは笑って聞いているけれど、心のとっても切実なところをついているんだなあ。でも、絵本はグレアムのイラストの力で、明るくからっと仕上がっています。リズミカルでユーモラスな訳文の魅力も忘れてはいけません。<ぴょんとさかだち すっとんとちゅうがえり ころりところげて しんだまね>といいながら、ハリーの芸当をまねしていた子どもの姿が、目に焼き付いています。

「ルピナスさん」
ピンク、青、紫、白と咲き乱れルピナスの花は、その色で目を楽しませてくれるだけでなく、とてもすてきな香りをもっているのだそうです。絵本のラストシーン、野原でルピナスの花束を抱えて走り回る子供たちのおだやかな表情は、そのせいかもしれません。ルピナスの花に托した女性のすがすがしい生き方は、そのままこの作家の姿に重なります。また、人が年を重ねていく意味や思いを伝えていくことの意味を、すっきりとした端正なストーリーで表現しているところが、広く世界で版を重ねている理由でしょう。

「しろいうさぎとくろいうさぎ」
 この絵本は愛を語るものとしては定番中の定番。原書のタイトルは<ウサギの結婚式>ですもの。でも、原書そのままのタイトルになっていないところが、訳者の見解でもあり、日本人の特性を表しているようにも思います。繰り返されるせりふ、それによって高まる思い。ページを繰るたびに、2人の世界の緊張は強まります。それは互いの不安が大きくなるから。同じ思いを共有していると確認できて、またおだやかな毎日が続くのです。ほんうのふたりの結婚式は結末ではなく、過程であったということなのでしょう。

「くまのコールテンくん」
コールテンくんの英語の名前はコーデュロイ。たぶん、緑のズボンの布地がそうなのでしょう。それを日本語ではコール天生地とよんでいたので<コールテンくん>に。<コーデュロイくん>だったら、日本の子どもたちにこんなに長く愛されたかしら、と考えてしまいます。この呼びやすく、愛らしいタイトルが、まっすぐでやわらかな気持ちの交流を描くストーリーを支えているのではないでしょうか。コールテンくんとリサのように、きちんと出会うことが難しい現代、この絵本の重さがましているように思います。

「ガンピーさんのふなあそび」
 シンプルで何度開いても、いい気分になる絵本ってありますね。わたしにとっては、この絵本がそうです。「おさるのジョージ」の訳でおなじみの光吉夏弥さん。その平明でおだやかな訳文が、ガンピーさんの人柄そのもののように感じられ、声に出して読むと、繰り返しのリズムのやさしさに、にっこりしてしまいます。バーニンガム独特の軽くて味わい深い絵もとっても魅力的。さわやかな風がページから吹いてくるみたいな絵本です。

「急行「北極号」」
 「北極号」はクリスマス・イブの夜の子どもたちの思いにすてきな形を与えてくれました。かっこいい急行に乗って、サンタの国に行けるなんて……。この絵本に影響されたクリスマス絵本は数多くあります。また、この本では、いつまでも子どもにとどまれない、という姿に目を向けているところが、絵本に独特の奥行きを与えているように思えます。村上春樹が訳すことで、オールズバーグのもつある種の哀しみというものに、スポットが当たるようになってしまっているのかもしれません。精妙なパステル画で描かれる、一瞬の表情を切り取ったかのような人物や風景。物語る力のこんなに強い絵は、なかなか出会えるものではないでしょう。