裏庭


梨木 香歩・作
理論社 1997

           
         
         
         
         
         
         
     
 主人公の照美はある日、今は無人のバーンズ屋敷に入り込み、偶然に合い言葉をとなえて、古ぼけた大鏡をくぐり抜け異世界へ迷いこんでしまう。そこは「世界の崩壊を告げる」音が鳴り響き、人々が心のよりどころをなくしてあがいている、異様な世界だった。自分の世界に戻る為にはこの世界に秩序をもたらさねばならないと知った照美は、様々な出会いを重ね、ついにこの世界の終末と再生に立ち会うが、その過程は同時に自分自身に向き合う心の旅でもあり、帰還を果たした両親と再会した照美は、自分が今までの自分とはちがう自分になっていることに気づくのだった。
 照美が旅した世界は実はバーンズ家の人々にとっては「裏庭」と呼ばれ受け継がれてきた世界であり、不用意に近づけば引き込まれ危険だが、心かき立て精神を豊かにしてくれる所でもあった。「裏庭」は照美の内面世界を具象化した存在であったが、彼女ひとりのものではなく、同一の庭が庭師の構想次第で多様に変貌するように、誰しもに共通する無意識世界の具象世界でもあるとも言える。
 目に見えないものとの交流がなければ人間は干からびてしまうという点ではエンデの「はてしない物語」を想起させる。しかし「はてしない物語」がわくわくするような冒険と挫折そのものを通して訴えるのに対して、本作品ではところどころに顔を出す、心のキズをめぐる考察が物語の流れとリンクせず、勢いをそいでしまっているきらいがある。しかしその考察は深く、それゆえに照美の父や母の章で彼らの内面に踏み込み、照美と響きあわせる結果をもたらすことに成功しており、その功績は大きいと言える。(山本有理
読書会てつぼう:発行 1999/01/28