右脳活性
ビジュアルブック

天沼春樹

パロル4号1996/09/25


           
         
         
         
         
         
         
     
N(パロル編集者、匿名希望) ねえ、天沼先生、そろそろ四号の締切りですけど。
A そうだね。でも、まだなーんにも考えてないけど。
N 次号は「賢治特集」なんで賢治的世界の本を紹介するとか。
A あのね。書評誌には特集も、季節も、人間関係も関係ないの。批評したい本があるか、ないか、ただそれだけ。
N で、あるんでしょうか。
A 特にないね、今のところ。それとも、パロル舎の賢治絵本や『賢治草紙』に、それとなく触れてほしい?営業上。
N いえ、滅相もありません。
A 越後屋、おぬしも悪じゃのう。
N 先生、クサイ芝居やってないで、はやく決めてくださいよ。聞いてるんですか。
A いや、聞いてなかった。最近忙しいせいか、ふとした瞬間にトリップしてることがあるんだ。あれ、いつのまにかパロルの編集部に来てる。
N 順天堂病院が近くにあるんですけど。
A 脳神経科もある?
N あるんじゃないですか。でも、そろそろ本題にはいらないと、単なる行数かせぎのオチャラケなんていわれますよ。
A あっ、わかっちゃった?
N おねがいしますよ。そのキャラクターで、今回は押しとおすんですか。いつもの硬派なかんじはどうするんです。今、だれの霊がはいってきてるんですか?
A 今ぼくの書いてる本のキャラだよ。『なまいきなうさぎの物語』に出てくるレポーターのウサギだよ。
N どんなストーリーなんですか?
A 本を買えよ。
N セコイですね。
A あのね、立場を考えながら発言するよーに。ぼくはよくても、組のの若いのがだまっちゃねえよ。
N どこの組で?
A 東村山の小学校の五年二組と三年二組だけどね。
N きかなきゃよかった。ひでえギャグ。
A それは、まあともかく。いまぼくが、むちやくちゃイイナっておもってる本はこれ。
N そ、それください。
A あわてるなって。ひとつは、新刊じゃねーよ。九四年だからね。でも、知る人ぞ知るってやつだよ。
N いいんです、いつ出た本でも。既成の観念にとらわれない雑誌づくりをしてますから。オキテ破り大歓迎です。
A そう、じゃあ、これ。画集なんだけど。
N いいですよ。大人の人が読んでるんですから。だからはやく。
A はいはい。まずは、田島照久氏のデジタル写真集IDENTIFERアイデンティファアー』(角川書店刊)まず、見てごらん。
N うわーっ、なんですか。この物体は!
A そう、ランドスケープ写真の中空に、異様なオブジェが浮遊しているね。 コンピューター・グラフィックのアートだね。見ているうちに、トランスしてしまいそうだろう。
N それに、なんだかいごこちがわるい、というか不安になるような。
A つまりね、見るもののこれまでの視覚体験とはちがった経験を強いるからだよ。見て理解しようとする左脳が拒否しているんだ。でも、右脳はよろこんで受け入れるはずだよつまり脳の冒険に誘ってくれるすはらしい作品群だ。
N 言葉でいっても、なかなか伝わりませんよね。
A そう。次のぺージの小野明さんなんかもいつもたいへんだろうなって思うよ。
N ひとのことはいいんですよ、先生。で、次は?
A CD-ROMソフソフトのビジュアル・ブック版ンサイド アウトウィズ ガジェット』Inside Out with GADGETだ。まず、見ろ!
N うわーっ、CGもここまで表現力を持って、こんな本ができるようになったのですね。
A というより、鍋倉弘一氏と庄野晴彦氏の才能なんじゃないかな。コンピューターは所詮道具だよ。
N ストーリーは?
A 洗脳装置「センソラマ」を開発して権力をにぎろうとする帝国と共和国の、諜報部員の活劇と、ビーム兵器の発射実験に明け暮れる謎の科学アカデミーの科学者たちの三すくみで、展開するSFレトロファンタジーだね。そして、最後に彗星が衝突する!
N おもしろいですね。 このディテールの緻密さもさることながら、最先端のコンピューターで描かれる成果が、機能第一主義のノッぺラボウな未来世界ではなくて、どこか懐かしいメトロポリス的な大仕掛け機械をだしてくる。
A 要するに、物の形に物語を含めたいという願望がつねにあるのさ。デザインにくりかえし現われるレトロは、人間のもつ素朴な質感への郷愁、つまり手ざわりのある世界、「父親の時代」への回帰願望のことだね。
N 先生の専門の飛行船もそうですよね。
A 飛行船のことは、こんな短い紙面では語りつくせないからいいので、この『ガジェット』の構成とか、つくりには、べルギーのSchuitenとPeetersの共同制作になる『闇の都市』という絵本ストリーのシリーズに雰囲気がよく似ているんだよね。とくに空間間隔なんか。とくに、一九八八年に出た、『アルミリアへの道』なんかは、ティストがよく似ているね。こんな本なら翻訳出版してみたいといつも思っている逸品なんだ。
N でも、今回の二冊とも、ずーっと眺めていると、その空間間隔からいって、ほとんど賢治的世界ですよ。
A それは、手にとった読者が判断すればいいことさ。