海辺の王国

ロバート・ウェストール

坂崎麻子訳 徳間書店 1900/1994

           
         
         
         
         
         
         
         
         
    
 時は第二次世界大戦。舞台はイギリス。ハリーは空襲で家族を失う。このままではおばさんのところへ預けられる。それだけはいやだ。こうしてハリーの放浪は始まります。それはおばさんからの、というか家族の死を認めることからの逃避の旅。
 子どもが一人きりであるのを大人に見つかれば、この旅はゲームセット。空襲で飼い主を失った犬ドンを相棒に、ハリーは数々の困難を切り抜けていく。見知らぬ村でどうして食べ物を得るか。近寄る不良をどう撃退するか。どこで眠るのか。そんな時ハリーはパパの声を聞きます。「おたおたすんな!考えろ!」。けれどしだいに、もういないパパやママより、側にいてくれるドンのほうが「親しいものになってい」くのも事実。「もとの生活のことを考えようとした。だがうまく思い出せない」。
 逃避の旅は同時に、孤児ハリーが自分に相応しい新たな家族を探す冒険物語といってもいいでしょう。もちろんそうなったのは戦争で家族を失ったからですし、「冬が来るまえにぼくは死ぬんだ」と思うほど旅は苦しいものですけれど、普通は子どもには与えられない特権です。
 自活する術を教えてくれる男、一夜の宿を貸してくれる老婆、故郷に残してきた子どもを想い、ハリーの世話をしてくれる駐留兵士。そしてついにハリーは、心から家族になりたい人物と出会います。教師をしているマーガトロイドは妻が亡くなった後、一人で育ててきた息子をも亡くした、さみしげで優しい人物。彼が「胸にぽかりとあいた、こどもの形をした穴をうめてほしい」と思っているのもハリーは知っています。この二人が作ろうとするのは、互いが必要とする関係にある家族ですね。
 が、物語はそこで終わりません。
 家族になる手続きをするために二人はハリーの故郷へ。ところが、死んだというのは、空襲のどさくさの誤情報で、ハリーは家族と再会する。パパは犬のドンを見て、いらだたしげに言い放ちます。「とっとと捨ててくるんだな」。にらみあう二人。
「ハリーは成長した。/この家に入りきれないほど大きくなってしまった。/パパはそれを知っている。それをにくんでいる」。なぜなら父親の知らぬところ、他の男の元で息子が成長したからですね。今ハリーが必要とする家族はマーガトロイドですが、子どもである限り、血縁の家族の元に帰らねばなりません。いつか必ずマーガトロイドのもとに帰ろうと誓うハリーを描いて物語は終わります。
 家族であることの意味を考えてみずにはいられない物語です。(ひこ・田中
子どもの本だより(徳間書店) 1998/01