弟を地に埋めて

ロバート・スウィンデイルズ

斉藤健一訳 福武書店 1988


           
         
         
         
         
         
         
         
     
 ここ数年、核戦争のことを扱った書物や映画などが数多く出され、大きな反響を呼んでいる。イギリスでチルドレンズブック賞及びアザー賞を受賞したこの作品もその一つである。
 物語は、東の国と西の国の間で核戦争が起き、イギリスに核ミサイルが落ちたという設定で、その後の悲惨な状況を、生き残った少年ダニーが手記という形で語る。激しい金属音と共に核弾頭が炸裂し、空には閃光が走り、キノコ雲が現れ、空一面が燃えるように赤く染まった。一瞬のうちに大都市は吹き飛び、多くの人々が志望した。運よく生き残った人々も、廃墟と化した町で、放射能障害や飢えに苦しみ、食料をめぐって殺し合いが始まった。母を亡くしたダニーは、父と幼い弟と共に、何とか生きのびようと懸命に頑張るのだが・・・。
 『弟を地に埋めて』というドキッとするタイトルと、目を閉じてぐったりとした弟を両腕で抱きかかえ、うす汚れたTシャツ姿で廃墟にたたずむ少年と、彼の寄り添う少女の姿を描いたカバー絵に、思わずこの本を手に取る人もいるだろう。そして冒頭に引用された「弟を大地に葬りし者いずこにも」という古代エジプトの賢者の言葉も加わって、何か重苦しく、気の滅入りそうな本だにと感じる人も少なくなかろう。核の恐ろしさ、極限状態下で人間が見せる醜さなど、確かにこの作品のテーマは深刻で重い。にもかかわらず読後感にやりきれなさー人間の醜さや現実の不条理を描いた作品を読んだ時に感ずるあのやりきれなさと八方ふさがりの逃げ場のないやりきれなさーは残らない。それはなぜか。おそらくそれは、核さえも破壊することができない人間の心が様々な形で描かれているからだろう。極限状態に追いやられても最後まで盗みや殺人に抵抗を感じ続けるダニー。冷酷な兵隊になりながらも、少しは人間らしい感情が残っていて旧友を見逃すブース。今後この世にまともな赤ちゃんが生まれるかと不安がるキム。そして少年の生きがいともなった弟と少女への愛。また彼の生への執念と生きよ うとする姿勢、明日への希望を持って行動を起こす勇気。これらの人間の姿には、作者の人間に対する根本的な信頼と平和を愛する心が感じられる。
 平和運動のため投獄経験さえ持つ作者は、日本の読者へあてた手紙の中で、本書の目的をはっきりと、「わたしは核準備をすることは愚かなことであり、核兵器を使えば世界は滅亡するだけだということを伝えようとしました。」と語っている。
 しかしこの作品は、単なる反核思想のプロパガンダではない。この作品を繰り返しの鑑賞に堪えうる一つの立派な文学作品にせしめているのはも前述の通り、作者の人間に対する鋭い洞察と信頼を感じさせる様々な人間の姿が描かれ、そこに一つの人生が語られているからである。また決して甘くない筋運びとどこにでもいそうな平凡な登場人物の設定には現実感がある。両親を亡くした兄弟は、ある農場主に引き取られ、そこにいた人々と共に、残忍なことばかりしていた別の農場を乗っ取る。彼らはそこで作物を植え、学校を開き、男女は簡単な結婚式をあげ、新しい生活が順調にスタートするかに見えた。ところが作物はまともに育たず、生まれてきた赤ん坊は奇形児ですぐ死んだ。救助隊かと思われたスイス兵に武器は持ち去られ、車が壊された。食料も尽き、仲間は離散した。生活はまたどん底にな。前途は決して明るくない。しかしそれがいかにも現実的である。また主人公ダニーにしても、悪いと知りながら、他人の食料物資を奪う「アナグマ狩り」に加担してしまったり、食料配給所でキムを列に割り込ませるなど自己本意な面を見せる。しかしこれらの身勝手さは、我々誰もが持っている醜 さである。またダニーは、ごく普通の少年と同様に、恋をし、家族や恋人を何より大切に思う。文体は、自分を客観的に見つめた手記の形で描かれているため、感情を押さえた簡潔な表現が多く、それがいかにも、感情の枯れてしまった人間の淡々とした様子をうまく描きだしている。 イギリスや日本だけでなく、世界中のあらゆる人々に是非読んでもらいたい名作である。(南部英子
図書新聞1988/06/04

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