お引越し

ひこ・田中

福武書店 1990


           
         
         
         
         
         
         
         
    
 両親の離婚を扱った子どもの本はたくさんあるけれども、これだけカラッとしていて、しかもそれをこれだけ前向きに描いた作品はめずらしい。評者は、干刈あがたの『ウホッホ探検隊』を思い浮かべたが、それに比べても主人公の子ども側に力みがない。とても自然で、それだけリアルだ。この新進作家の、子どもの世界にしっかりと根をおろし、その目を通して大人の世界を見るその見方が確かだからなのだろう。
 今日、とうさんがお引越しした。私のお家が二つになる。とうさんとかあさんと私の三人だった生活が、かあさんと私の二人になる。三が二になったので、生活のスタイルが大きく変わる。とりあえず、かあさんは「かあさん+とうさん」をやるっていうが、があさんの提案で二人は三が二になったための役割分担を決めた契約書を交わす。
 かあさんから離婚の話を聞いたらしく、担任のセンセは私にいつになく優しい。ちよっとシラケたけど、自分がマンガの主人公みたく思えて、涙が出そうになったが、あのとき泣いたらもっと盛の上がったかなって、あとで少しザンネンに思う。
 父親が家を出たことによって、母親も結婚生活で失ってしまっていた自分をあらためて発見し、心の「お引越し」をする。小学六年生の少女の目を通して見た、離婚した後の家族の生活の変化が、じつにヴイヴイッドに描き出されていて心憎いばかりだ。今の子どもたちが日常的に使う言葉を巧みに生かし、彼ら独特の感性や心理の機微をうまこ取り込んでいて、それだけでも読ませる。ずはらしい新人の登場だ。(野上暁)
産経新聞1990/10/06