あとがき大全37
金原瑞人

【児童文学評論】 No.79  2004..07.25日号

           
         
         
         
         
         
         
    
1.アイルランドの本屋
 兼好法師ではないが、何事につけても「先達はあらまほしきもかな」である。
 じつは六月末からアイルランドはダブリンの本屋を巡ってきた。前回フロリダで、滞在期間は正味四日間と思いこんでいて、大失態をさらしてしまったので、今回は間違いなく正味四日間取っておいた。めでたく、無事帰国である。数日前、ある本屋から送った本が大きい段ボール箱にふたつ届いたところ。
 前にも書いたと思うが、本年度は日本ではなかなか入手できない情報や本をさがしに出かけることにしていて、まずはフロリダ(カリブ系の作家をさがしに)、ダブリン(アイルランドの新しい作家をさがしに)と二カ所の本屋を回ってきたところ。このあと、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドと続く予定で、もし余裕があれば、インドかな。インドの地元で出版されている英語の本に興味があるので。本年度一年間、しっかり資料や本を集めてきて、あと七、八年、研究はこれで食いつなぐつもりである。
 ところで、ダブリンにいくけれど、本屋なんてあるんだろうか、まあ、トリニティ・カレッジとか、有名な大学があるから、ないことはないんだろうな、けど、そのへん、だれか知っている人がいるとありがたいな……などと話していたら、偕成社の別府さんが、「あ、いるいる。ちょっときいてみてあげるから」といって、早速に調べてくださった。
 情報を送ってくださったのは、朝日新聞社の山本克哉さん。これがとても役に立ったので、今回、ここにご紹介したい。ダブリンに本をさがしにいこう、あるいはパブを回ってみようと思っている方には、おおいに参考になると思う。

 ダブリンでは、リフィ川南岸のトリニティ大学周辺に目ぼしい書店が集まっています。大学の南側から、南方に伸びるDawson Streetの入り口にまずはEasonがあり、その先に1軒(書店A)、また、通りの反対側、Easonのはす向かいに1軒(書店B)が、固まっています。AとBの店名を失念しましたが、狭い場所なので、すぐにお分かりになるかと思います。ここのEasonはもともと、Fred Hannaという老舗だったのですが、私が居たころには、大手チェーンEasonに吸収されていました。ここのEasonと、リフィー北の大通りO'Connell StにあるEasonは、中でも大きい店舗で、時に朗読会などがあります。私はEasonよりも、上記の書店Bをよく利用していました(特に地下のバーゲンブックスコーナー)。
 なおDawson Stから西に、繁華街のGrafton St方面に向かうDuke St上には、Cathach Booksなる古書店があります。私はもっぱら窓を眺めるだけでしたが。
 リフィー北岸にも何軒か、やや大きい書店がありますが、魅力に乏しくて、ほとんど行ったことがありません。例外が、Abbey St Upper/Middleの交点のあたりに位置する、これもすみません、名を忘れましたが大型書店があり、ここは廉価本と、地下の古書をよく漁りました。
 古書店ではほかに1軒、その近くのリフィー北岸に、間口の狭い、上階にカフェを併設したところがありました。
 ということで、ダブリンの書店事情は、お世辞にもいいとはいえません。
 パブについては、私は繁華街Temple Bar(この西のはずれに住んでいました)のClarence Hotel(U2のボノとエッジが経営に参加しています)の中のオクタゴンバーが好きでした(隣のレストランのティールームもいい空間です。甘い甘い、マティーニを出します)。
 ただし、ここは伝統的なパブではありません。
 古いスタイルでしたら、そのホテルの西の方にOysterという名のパブに、よく出かけました。主立った銘柄のビールに、自家醸造の何種かを加え、名のとおりカキを一緒に供するところです。
 Temple Barにはアイリッシュ・フィルムセンターという非営利施設があり、ここの待合の空間は気持ちがよくて、ギネスも飲めて、パブ代わりになります。よくマッシュルームのフライをつまみに飲みました。そういえば、フィルムセンターの並びには、子どものための文化センターがあります。
 またセント・スティーブンス・グリーンという大公園がトリニティ大学の南方にありますが、その北沿いの通りには、役所が近いせいで、紳士向けパブが見当たります。
 一方、ふつうに人々が飲んだくれる場所は、角角にあり、暗い照明を紫煙がますます暗くしています。
 実は私はタバコが何より苦手なので、猛煙のせいで、あまり楽しんで回れませんでした。今や全パブ禁煙になったわけですから、ずいぶん様子が変わったものと想像します。
 もしもアラン島に寄られるおつもりなら、たいてい西海岸のGalwayという町から船か飛行機に乗るのですが、この町の中心部のHigh StreetにはKennys Bookshopという老舗があります。らせん状にフロアが上方に展開していて構造だけでも楽しめ、またそこの稀覯本は、米国など世界各地から注文がある、と聞きます。この町にはDevondellという名の、指折りのB&Bや、Archwayという、マダムがとても感じのいい、店も清潔で気持ちのいいフレンチレストランもあります。
 以上、役に立たないリストで、申し訳ありませんでした。
                              朝日新聞 山本克哉

 という内容で、「役に立たない」どころか、とても助かったのであった。
 まったく知らない場所でいい本屋を見つけるというのは、けっこう大変なのである。そんなの、だれかにきけばいいだろうといわれそうだが、そもそも、本好きの人間なんて、そんなにいるわけはない。ホテルできいたって、ろくな返事が返ってこない。じゃあ、というので、図書館の場所をきいて、そこにいって、司書にきく……という手順を踏むことになる。しかし図書館の開館時間やら開館日やらで、これもけっこう面倒である。たとえば、フロリダでのこと、朝十時くらいには開いているだろうと思って中央図書館にいってみたら、午後一時からじゃないと開かないという。で、しょうがないからその頃にいってみたら、まだ開いてなくて、入り口の前に人だかりができていた。そしてようやく、めぼしい本屋を教えてもらったものの、そこからかなり離れているうえに、ずいぶんと交通の不便な場所にあるらしく、電車とバスを乗り継いでいくとかで……とまあ、詳しい話は省くが、見知らぬ土地での本屋探しは大変なのだ。
 日本人でも本に興味のある人は少ないが、海外ではさらに少ない。本屋なんか一度もいかないまま墓に入る人はざらにいるのだ。新聞は読んだことがない、本も読んだことがないという人が驚くほど多い。それにくらべると、ほぼ毎日のように新聞をとっている日本人なんて(読むかどうかは別として)、世界でも珍獣に近いと思う。
 本屋の話ついでに書いてしまうと、つい先日、青山ブックセンター(ABC)が倒産した。大型のチェーン書店が、中小の書店を駆逐していくなか、ABCはよく頑張っていた。ぼくなんかも、都心で本を買うときは必ず、新宿ルミネ1のABCを使っていた。なにしろ三千円以上買うと、都内、無料配送だったのだ。それに、店内がのんびりしていて、カートを押して本を選べたし、本揃えもぼく好みだったし、マンガもビニールで包んだりしてないし。去年一年間で二十万円以上買っている。
 それなのに、なんでつぶれるかなあ。
 紀伊国屋もジュンクもそれぞれ頑張ってほしいけれど(そういえば、新宿の紀伊国屋本店のすぐ前にジュンクが進出してくるらしい)、やはり特色のある本屋はもっと頑張ってほしい。
 アメリカでもイギリスでもアイルランドでも、本屋はどこも居心地がいい。のんびりしていて、ゆったりしていて、カフェもあったりするし、店員も親切でよく調べてくれるし。そういう本屋ができないかな。床にすわって、本をめくっていてもOKという感じの本屋がいい。
 ええい、じゃあ、そのうち金原が出版社も作る、ユニークな本屋も作る……と宣言したいところである。

2.アイルランドは寒い
 この頃、よく「アイルランドはいかがでしたか?」ときかれるので、少しだけ感想を書いておこう。
「寒いし、天気悪いし、好きじゃない」
 からっと晴れ上がった日は一日もなく、一日に何度かは雨が降るし、セーターがないと寒いし、カリブ志向のぼくにはつらい所であった。というか、そもそも、そんな国だろうなと思って、六月の終わりを選んだのだ。北海道だって、いちばんいい季節である。アイルランドだって……と思ったのだ。ところがこの天気。で、タクシーの運転手やホテルの人に「アイルランドでいちばんいい季節は?」とたずねると、きまって、「そりゃ、今だよ」という答えが返ってくる。
 最後の日はゴールウェイまで足をのばしてみた。が、ダブリンから列車で西へ西へ進むにしたがって、空がいよいよ暗くなってきて(暗雲たれこめ)、到着と同時に雨。風もきつくて、持っていった折りたたみの傘もほとんど役に立たない。しょうがないから、近くのショッピングモールで時間をつぶしたけれど、いかにも田舎のモールという感じで、買う物も見る物もなく、本屋なんて、どこにもない。列車の便があまりよくないので、ゴールウェイも数時間しか見られない、ああ残念と思っていたが、なんのなんの、数時間で帰れてよかった、というのが正直な感想である。
 アイルランドの天候がいつもいつもこんなふうであるとは限らないが、人間、自分の経験と体験でしか考えることができない。というわけで、おそらく、死ぬまで再びアイルランドを訪れることはないと思う。
 その意味では、貴重な体験であった。

3.お知らせと宣伝
 前回のあとがきで紹介した『バースデー・ボックス』という短編集がメタローグから、めでたく出ました。とてもとてもお勧めです。ぜひぜひ!
 それから、これも前回ちょっとご紹介した岡山のアートガーデンのアトリエ・カフェで写真展を開きます。金原瑞人と高侖廷のふたり展になる予定。金原が撮ったサンタフェと、高が撮った済州島が並びます。ちなみに写真に関しては金原は素人で、高はセミプロです。その違いを確かめるのもまた一興かと。まあ、一目でわかるんだけど。
 期間は8月4日(水)から12日(木)まで。おそらく、11日と12日は金原もそのカフェにいると思います。どうぞ、遊びにきてください(ただし、予定が急遽変更になることもあるので、そのへんはアートガーデンに問い合わせてからどうぞ)
 また、それに合わせてというわけではないのですが、東京、岡山、横浜、熊本で、この夏、講演会があります。詳細は金原のHPを。

4.『海のはてまで連れてって』
 『チョコレート・アンダーグラウンド』に続いて、アレックス・シアラーの新作『海のはてまで連れてって』(ダイヤモンド社)が出た。主人公の双子のでこぼこコンビがいい味を出している。
 この本の担編集者である渡辺さんから、「これ、ちょっと『悪童日記』に似てませんか」といわれて、びっくり。ええーーー! そうかあ、そういわれれば、たしかに……。このふたり、いつもいっしょだし……もしかして……
 などと考えたりしているところ。その意味でもまたおもしろい。
 アゴタ・クリストフについては、いまでも忘れられない思い出がある。じつは、この本の存在を知ったのは、アメリカの出版社の出版目録だった。そのヤングアダルト向けの本のなかに、『悪童日記』の英語訳があった。たしかタイトルは、フランス語をそのまま移した『The Notebook』だったと思う。その紹介を読んでみたら、おもしろそう、というか奇妙で、変で、なんだこれ、という気がした。ので、当時の福武書店の編集者に原書を取り寄せてもらって、フランス語の翻訳をやっている平岡敦さんに読んでもらったら、おもしろい、すごい、ということになり、版権を取って福武から出そうということになった。ところが、そのあとすぐ、賞をとって、早川が版権争奪戦に参入、圧倒的な経済力の差で向こうに取られてしまった、という話。賞を取るのがもうちょっと遅かったら、平岡訳で福武から出ていたのかもしれない。まあ、早川の訳の善し悪しはともかく(仏語読めないし)、『悪童日記』というタイトルはいただけない。
 さて、というわけで、『海のはてまで』のあとがきです。

訳者あとがき(『海のはてまで連れてって』)

 アレックス・シアラーの新作を読むたびに、驚いてしまう。とにかく、最初の最初からいきなり話のなかに引きずりこむ、このうまさ。今までに訳した作品、『青空のむこう』『十三ヵ月と十三週と十三日と満月の夜』『チョコレート・アンダーグラウンド』、どれも最初がおもしろい。そしてこの『海のはてまで連れてって』も、むちゃくちゃおもしろくて、むちゃくちゃおかしい。「ぼく」と「クライヴ」というふたごの兄弟が巻き起こす珍事件と、めちゃくちゃなやりとりの数々を読んでいくうちに、物語のなかにすっと入ってしまう。
 と思ったら、いきなり密航! 話は一気に、冒険物語になっていく。そしてあとは、ほかの作品と同じように、最後まで一気。
 最近、シアラーの作品は長くなってきているような気がする。『チョコアン』もそうだし、『海のはて』もそうだ。しかしどちらも長さを感じさせない。というか、本を読み終わるのがもったいないような気になってしまうくらいだ。とくにこの『海のはて』は〈海洋冒険小説+ユーモア小説〉という、ちょっと変わった趣向で、これに父と息子たちの思いがからむ。
 シアラーの作品はどれもユーモアにあふれている。そして生きていく楽しさ、信じることの大切さ、思うことの切なさ、失うことの悲しさ、そしてわかりあうことのすばらしさ、そういったものがいっぱいつまっている。
 思いきり笑って、思いきり感動してください。
 なお最後になりましたが、編集の渡辺考一さん、翻訳協力者の月沢李歌子さん、原文とのつきあわせをしていただいた池上小湖さんには本当にお世話になりました。心からの感謝を!

二〇〇四年六月十五日   金原瑞人

5.最後にひとつ
 じつは法政の社会学部の同僚、江戸学の田中優子さんから、社会学部の教員あてに次のようなメールがきたので紹介しておきたい。興味のあるかたは、ここにでてくる根津君のサイト、ぜひのぞいてみてほしい。まだ駆けだしたばかりのサイトだけど、なかなかおもしろい。

田中優子です。法政大学出身で京大に転籍し、今は同志社大学の大学院にいる根津朝彦が、「新聞聞」というネット上の新聞を立ち上げました。新聞を批評する新聞です。以下、転送です。見てやってください。
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 ジャーナリズムに関心をもつ同志社大学を中心とした学生が、メディアにエールと多様な意見を伝えようというアクセス権に基づいたホームページ活動「新聞聞」( http://www.shinbunbun.com/ ) を2004年7月からスタートさせました。

 略称はブンブンといっています。より良い読者が増えてこそ、現場の記者の方々を応援できる、良識あるメディアが生まれていく、そんな思いのもと、活動をはじめてみました。

 ぜひ一度「新聞聞」のホームページをご覧いただければ幸いです。そして興味をもっていただいた方は、ご一緒に希望あるメディアの方向性を探っていければと思っています。

◎お問い合わせ◎
 nezoonee@yahoo.co.jp  根津朝彦(同志社大学大学院文学研究科1回生)