H チョコレート・恐竜・民主主義

オリバー・バタワーズの『大きなたまご』
『私の児童文学ノート』(上野瞭 理論社 1970)

           
         
         
         
         
         
         
    

  ……アメリカ万歳!
  ……星条旗よ、永遠なれ!
 ついでに言えば、
  ……オリバー・バタワーズに幸あれかし!
 『大きなたまご』を読みおわって、わたしは、思わず口走りそうになりました。全く読後感とは似ても似つかぬ気持ちのたかぶり。
 ほかでもありません。
 アメリカ的な、あまりにもアメリカ的な……この物語。典型的なオプティミズムの充満もさることながら、あの、日本が戦争に負けた直後の、占領軍のくれたチーズやトウモロコシの匂い……放出物資の匂いを、わたしは、久しぶりに嗅ぎました。
 ジンミンノタメノ、ジンミンニヨル、ジンミンノセイフ。
 なつかしい「民主主義」の匂いです。
 昭和二十年代前半の、あの缶づめチーズの味。たしか、ケリー・グラント出演の映画、その題名は『この虫、百万ドル』……。
 小さな青虫が、少年のふくハーモニカの音にあわせて踊りだします。虫はたちまち有名スター。
アメリカ全土の注目を浴びます。しかし、虫のかなしさか人のかなしさか……。やがて、一匹の蝶となって少年の手から大都会の大空へ……。
   ああ、いのちみじかし、恋せよ乙女……。
 わたしは、空腹のあまり、この映画に、ばかばかしさより、腹立たしさを感じたものです。一喜一憂なさっている優雅さ。
   アメリカちゃん、アメリカちゃん、
   銀のベルトのバット・マン……。
 岡林信康なら、ひやめしぞうりをひきずるようにして歌うことでしょう。高田渡なら、こけた頬をふるわせて歌うことでしょう。わたしは歌わないかわりに、「少年の美しい夢と、笑いの中の感動巨篇!」こいつをワスレテナルモノカと決心しました。
 食いもののウラミはおそろしいものです。単純であるだけおそろしい……。
 一寸の虫にも五分の魂と言いますが、一匹の虫にもご飯のうらみあり。陰にこもった飢餓体験が、アメリカ人の優雅さをひそかに敵視する。かくて二十年目に、虫ならぬ『大きなたまご』にぶつかって、ああ、これはいつか見たやつ……と思ったのです。
 太宰治ふうに言えば、オソレとオノノキ。期待と不安。
 なにしろ、ニューハンプシャー州フリーダムの町はウォルター・トゥイッチェルさん一家のめんどりが、ある日、突然、六千万年前に死滅したはずの恐竜の一種……トリケラトプスを生みおとすと言うのですから、これは虫どころではない……。さては、オリバー・バタワーズ氏、『この虫、百万ドル』のうめあわせをしてくれるのであろうか……と、思わず身をのりだす有様。
 恐竜の名前が、アンクル・ビーズレー。つまり、「ビーズレーおじさん」と言うんですから、これまたごきげん。怪獣映画ファンならずとも、肩の一つも叩きたくなるのココロ……。波乱万丈へのこの期待、発しますところはどうやらニッチもサッチもいかぬ現状況にあるようです。
 これをし分析いたしますれば、放屁に明け暮れた空腹戦後世代の心情。チビッ子は、古傷なめなめ説教をたれるこの心情におかまいなく、アッと驚ろかんものと待ちかまえます。
 ビーズレーおじさんはと、これまた見てとれば、どんどん、どんどん、でかくなる……。なにせ、青虫一匹に百万ドルの値打ちをつけた国。ここは一番、ビーズレーおじさんとインタビューを……と、寄せてはかえす報道陣。恐竜と言えば、ゴジラ、ラドンの本家本元。わたしどもも、さて対空ミサイルとの決闘か、地球防衛軍の出動かと、ひとみをこらしてビーズレーおじさんの活躍を待ち受ける……。
 しかし、何とアメリカはいい国なのでしょうか。日に日にでかくなる恐竜のおじさんに対して、恐怖の反応を示すものは民主議会の一議員のみ。それも「恐竜法案」によって、法的規制を主張するだけで、どうやら「非核三原則」的悠長さであります。いや、この悠長なハト派的提案も、「おじさんを助けて……。」という少年の声の前に、あえなく消え去るのであります。マス・コミは、さすが人民のためのマス・コミだけあって、「恐竜法案を撤廃せよ!」とキャンペーンをおこせば、世論殺到、めでためでたのワカマツさまよと、ビーズレーおじさんは無罪放免。いや、それどころか、政府で飼育する……との決定が下るのですから、「ああ、原爆よ、ビーズレーおじさんよ」と、思わず呟くのは無理ない話でしょう。
「恐竜法案」を提出する議員は、悪者どまりであります。
 恐竜を育てようと叫ぶ少年は、正義の味方であります。
 オリバー・バタワーズの、この愛国心。まさに、「アメリカン・デモクラシー、万歳!」であります。この叫びを聞きとれない子どもは、ベトナムのガキどもにされかねません。ビーズレーおじさんと遊ぼう……と、そのうちに、アメリカ政府は言いだすのではないか……。
 いや、合理主義に貫徹されたストーリイのみごとさ。科学的恐竜処理の巧みさ。さすが世論の国アメリカと、思わずひざを叩きつつ、わたしは、今さらながらに、チョコレートのコマーシャルを思い浮べたのです。
 ……大きいことは、いいことだ!

テキストファイル化桜井岳