児童文学この一冊

10.恋すること
上村令

           
         
         
         
         
         
         
     
 ごく小さな子どもでも、だれかのことを真剣に好きになることがあります。「ぼく、○○ちゃんと結婚するんだ」――幼稚園くらいの子が、こんなことを言うのを耳にして、ほほえましく思った方も多いはず。
 ところが、子どもが10歳以上くらいになると、突然大人たちは、「子どもの恋」を無視したり、当惑げな顔をしたりしはじめるようです。子どもたちは、初めての心の揺れに、不安になっているはずなのに…。
 『ベンはアンナが好き』(ヘルトリング作/上田真而子訳/偕成社刊)の主人公ベンはもうすぐ10歳。転校生のアンナを好きになってからというもの、イライラしたりわっと泣き出したくなったり。兄さんにはからかわれ、クラスでははやしたてられ、苦しい日々をすごします。
 でもこの物語に登場する大人たちは、そんなベンをよくわかってくれます。お母さんは、アンナが敬遠されがちな移民の子であることを聞いたあとでも、「一度、うちにつれてこない?」と言います。それでもベンが返事をしないと、「今、口をききたくないのね」とほうっておいてくれるのです。一方担任の先生は、ベンがやぶれかぶれで黒板に書いてしまった「ベンはアンナが好き」という文章を見て、ベンを抱くと、「一行たりないな」と言って、「アンナはベンが好き」と書き加えます―もちろん、アンナのこともよくわかった上で。
 大人たちがこんなあたたかい対応をしてくれれば、子こもたちは無用な罪悪感を抱いたりせず、「人を好きになるのはやっぱりすてきなことなんだ」と思えるにちがいありません。
 『セバスチアンからの電話』(コルシュノフ作/石川素子・吉原高志共訳/福武書店刊)の主人公ザビーネは17歳。19歳のセバスチアンとつきあい始めて以来、変わってしまった自分の心に、とまどっています。自分の夢を投げ捨てて、何もかもセバスチアンに合わせてしまうなんて。それに、「一緒に寝るってどんなこと?」「子どもができたかも…」等の悩みも尽きません。でもザビーネは、母親に相談することができず、こう思うのです。―だってママは、心配するだけだもの。私のことを「まだ子どもよ」て言ってるんだから―
 物語の後半で、母親が父親の言いなりになっていた自分に気づき、父親とは別の「自分自身」というものを自覚するようになって初めて、母娘は心を開いて話しあえるようになります。昔の恋人のことや父親の若いころのことを語ったあとで、母親はこんなふうに娘に語りかけます―私たち、一歩ずつ大人にならなくちゃね、と。
 ヘルトリングは『ベンはアンナが好き』の前書きで、こう書いています。大人が子どもに、愛なんて大人になって初めてわかるのだ、と言うとき、大人はたくさんのことを忘れてしまったか、子どもと話したくないか、そらとぼけているかだ、と。できればそんな大人ではなく、「一歩ずつ大人になっていく大人」でいたいものですね。
福武書店「子どもの本通信」第12号  1990.4.20
テキストファイル化富田真珠子