絵本、むかしも、いまも…

第28回「文句なしの楽しさ ―ぐりとぐら―」
『ぐりとぐら』(中川李枝子文 大村百合子絵 福音館書店刊)

           
         
         
         
         
         
         
    
 前回の『わたしのワンピース』(こぐま社)には、後日談があります。実はこの絵本、出版された直後はおおよそ評判になることはなかったとか。ところが、しばらくした頃、とある雑誌で「図書館のボロボロになるほど人気の絵本」といった特集があって、その一冊に『わたしのワンピース』が入っていたというのです。それがきっかけとなって、話題となり、以後のロングセラーに繋がったと、つい先日、編集者の方からうかがいました。絵本にとってこれ以上の勲章はない…という好例です。ご大層な評論家が評価した絵本でなく、子どもたちの強い支持で愛され続けていく、絵本はかくありたいものです。
 その点、『ぐりとぐら』も間違いなく「ボロボロになるほど」愛された絵本の一冊といえます。
 主人公は野ねずみの「ぐり」と「ぐら」。「このよで いちばん すきなのは おりょうりすること たべること」と歌います。そんなふたりが歩いていくと、体よりもずっと大きなたまごが落ちていて、なんだかんだの試案の挙句、ふたりは巨大カステラを焼くことに…という展開ですから、読者の心を離しません。何といっても子どもたちが好きなのは、「食べ物が出てくる絵本」。『はらぺこあおむし』(借成社)しかり。『しろくまちゃんのホットケーキ』(こぐま社)しかりです。
『ぐりとぐら』が生まれたのは1963年。保育者として働くかたわら、創作活動をはじめた中川李枝子が物語を、実妹の大村百合子(後の山脇百合子)が絵を描いています。「保育園の保母になって、小さい子どもたちとわくわくしながら絵本を読んだのが、私が絵本を好きになった始まりです。」と、中川李枝子は語っています。保育者としての体験が、この絵本に脈々と息づいているのは、声を出して読んでみるとわかります。自然に言葉のリズムが生まれてくるのです。ぐりとぐらが歌う歌は、何回か読むうちにメロディーを持ち、読み手独自の歌となって流れ出します。私には私の『ぐりとぐら』の歌があります。おそらくは、家庭ごと、保育園ごと、クラスごとに「ぐりぐらソング」はあるのでしょう。
 素朴でユーモラスで温かな味わいのある絵は、物語と一体をなし、この絵本を完成させています。
 ワニやライオン、クマやオオカミといった動物たちとともに、カステラが焼けるのを今か今かと待ち続け、ようやく焼きあがった時、何回、子どもたちはその小さな鼻先を場面にくっつけ、カステラの甘い匂いをかぐことでしょう。子どもは確実にこの絵本を体全体で楽しみます。文句なしの絵本です。
テキストファイル化富田真珠子