(4)
まるい話



 3月31日に、神戸女学院大学で行われたIRSCL日本支部研究発表交流会に参加し、会の全体テーマである<Representations of Otherness in Children's Literature, Other Genres in Children's Culture>にあわせて、カニグズバーグの作品――特にThe Outcasts of 19 Schuyler Place(2004)の意味――について発表してきた。
 この会は、2007年8月に京都で行われる第18回IRSCL大会のプレに位置づけられ、IRSCLの理事メンバーが各国から集まって行うミーティングに合わせて開催されたものである。IRSCLの会長でもいらっしゃるキンバリー・レイノルズ博士をはじめ、世界トップの研究者の方々の発表を日本で間近に聞くことができ、国際学会デビューだった私には、刺激だらけの一日だった。

 今回は、日本で行う意義もあり、児童文学だけでなく、日本アニメーション学会の陶山恵さんが「Current State and Future Prospects of Japanese Animation」、日本マンガ学会の吉村和真さんが「Connections and Divisions between "Manga" and "Children"」という発表をされた。好きで読んだり見たりはしていても、研究的なことは断片的にしか知らなかったマンガやアニメの話を興味深くうかがう。

 吉村さんは、導入部分で、マンガの文法の身体化ということをお話されていた。マンガのコマを読む順番やそこに描かれているコードのリテラシーを、日本の子どもたちは幼い頃から身につけてしまう。たしかに、アメリカで翻訳出版されている日本のマンガには、コマの読み方順に番号が振ってある…というトピックをつい先日テレビで見たばかりだった(つまり、読み方を教えてもらわないといけない)。
 学会の後、そのように身体化されてしまうマンガ読みのはじまりは、たぶんキャラクターの力では?という私見をローカルトークで聞いていただいたのだが、イエス。そして、そこで出てきたのは、やはりアンパンマンだった。
 Tさんは、アンパンマンが大好きである。もちろん、子どもによって、どのキャラクターに傾倒するかは違うけれど、Tさんはアンパンマンだった。1歳児の頃から好きだった。たまたま最初に見たのは、プレイジムについていた大きな顔だったと記憶しているが、びっくりするほどの食いつきのよさで、1歳半検診のときにも「いえる言葉」欄に、「バイバイ」「ワンワン」などと並んで「アンパンマン」も書いたように思う。――もっとも、アンパンマンというのは、言葉としてとても言いやすいから、発語しはじめの幼児が反復してしゃべるうちに、実際に好きになってしまったり、親が「この子はアンパンマンに興味がある」といろいろ買ってきたりするということもあるだろう(うちの場合は、私の親だったが)。
 吉村さんは、アンパンマンの顔のことをおっしゃっていた。まるい顔、まるい目鼻、まるいほっぺた。山形のまゆげににっこり笑った口。アンパンマンは、一回見ただけで、私でも書けてしまう、単純なマルでできている。まるがきっとミソなのである。

 新生児は耳は良く聞こえているが、目はまだよく見えない。起きて目を開いているときは、光の方に目を向けるほか、見える距離は20〜30cmというから、ちょうど授乳しているときのお母さんの顔が見える。母子のアタッチメントを作るのに、自然の摂理が上手に働いているらしい。明暗のぼんやりした境目と、自分を見るお母さんの目や鼻やほっぺたのもりあがり。淡いもの、まるいもののいくつかを、まず自分をこの世で迎えてくれたものとして認識する。
 たとえば、2ヶ月のTくんが私と目を合わせるようになったのは1ヶ月を過ぎてからだったが、やはり、見えているのは「光」と「顔」なのだろう。時々は天井を見てにこにこ笑っているので、見えないおともだちが浮遊しているのかもしれないが、私にも共有できるTくんの視界としては、たとえば顔のパーツであり、それらはいずれもまるく曲線的である。また、たいがい赤ちゃんを覗きこむひとの顔は、普通よりさらに笑顔に、まるい口になる。まるいもの、やわらかいものに回帰することは、赤ちゃん時代の記憶につながるのかもしれない。
 また、視力と同時に、Tくんは、自分のにぎりこぶしを初めてのおもちゃにするようになった。寝ながらファイティングポーズでしげしげとこぶしを眺め、やがてべろべろなめてみる。指しゃぶりの前段階か。乳頭以外に最初に親しむものたちのまるさとあたたかさ、触覚からくるまるさも、最初期の記憶のひとつなのだろう。
 まるさを前面に出した赤ちゃん絵本が多いのも、アンパンマンやドラえもんがまるっこいのも、そういう言語化しにくい事実が作り手に敏感にキャッチアップされているからではないか。経験的に思う。

 まるや淡い色彩の絵本でいえば、Tさんが0歳児のときにはそのまんま『まるくておいしいよ』(こにしえいこ、福音館書店、2002年2月)という絵本があった。Sちゃんに頂いたものだが、単行本になっているということは、012の中でも人気があったのだろう。まるいシルエットが出てきて「これ、なあに。」に対して、チョコレートケーキやクッキーやのりまきが次のページであらわれる。これは、むしろ、ケーキもクッキーものりまきも好物な今の方が楽しむかもしれない、と、久しぶりに出してみた。Tさんは早速広げ、「なんのまる? ホットケーキ? ビスケットがふたつ。ふたつあるの、みっつあるの、いっぽんだけあるの。これはなに? なんのびっけっとでしょう。これはなんのまる? のりまきのまる! これはなに? すいかのまる。 まる。 おしまい」とひとりで読んでいた。
 また、Tさんが同じく0歳児の後半に愛読していたのはNさんに頂いた『にこちゃん』(南椌椌、アリス館、1998年12月)だった。にじむ水彩の絵本に、まさに、にこちゃんの笑顔が広がる。わらっているにこちゃんの色合いの優しさに目を奪われる。Tさんが、もっと文字が多くストーリーのある絵本を楽しむようになった今でも、こういう世界そのものを表現するような絵本も、変わらず書架の自分の手の届くところに置いておきたい、と思う。

 さて、最近のTさんはてざわりを楽しむ絵本がちょっとしたブームである。おもちゃ寄りの絵本といおうか、頭が固かった頃には、しかけで誘う絵本なんて...と私が見向きもしなかったのだけど、いただいたり、友達の家で見たりしているうちにその楽しさもなるほどと思うようになった。『パセリのおんがくかい』(いとうみき、ポプラ社、2001年11月)は、最近、私との会話が問題なくできるようになってから、より楽しめるようになった。
 犬のパセリが主人公の、手のひらに乗るくらいの小さなしかけ絵本は、かなり人気があるシリーズらしい。『おんがくかい』は、厚くしてある表紙の中にたくさんのビーズが入っていて振るとしゃらしゃら音がする。パセリが順番に出会っていく動物や植物も、それぞれハープを弾いたりたいこをたたいたりしていて、テグスのハープ弦や厚いパラフィン紙のたいこで遊べるようになっている。
 親の常で、壊さないよう「そっとやってね」と厳命し、Tさんがいじるそばで、「トントコ トントコ。たいこの れんしゅう。もうすぐ おんがくかいだもの」と文を読む。Tさんは音楽大好き、歌が大好きなので、「Tちゃんもハープやりたいなあ」といったり、「はなのおばあさん、すごいね」と、覚えたせりふを自分で読んだりする。最近、ひらがなをほぼ全部覚えてしまったTさんは、気が向くと部分的に「ね、こ、さ、ん、な、に、し、て、い、る、の、ねこさんなにしてるの、っていってるよ」などと字も時々読んでいる。 
 もうひとつは、季節外れの『サンタさんににあうふく』(文:ケイト・リー/絵:エドワード・リーブス、訳:櫻井みるく、大日本絵画、2004年)。赤い服しか着ないサンタさんが、もうすぐくるクリスマスに、いつもと違う服を着たいなあと、緑色や白やピンクや紫の服を次々に試してみる。だが、緑を着ればクリスマスツリーみたい、青と黒を着れば闇にまぎれてしまう、など、なかなかうまくいかない。「何を着ようか」と悩んだ最後に、サンタの奥さんが「あなたに一番似合うのはやはり赤い服」と言って、もとの衣装に落ち着く、という話である。
 その服が、たとえば緑はマジックテープのようなざらざら、黄色はタオル素材、紫色は舞台衣装のようなきらきらつき、など触って楽しめるつくりになっている。サンタのひげや赤い服のトリミングも、白いモヘアでさわり心地がいい。この絵本を頂いたのは昨年の12月だったが、じわじわと好きになっていって、いまだに定番である。12月の段階では、普通まず手が伸びると思われる服の異素材の部分はあまり関心を払っていなかった。モヘアやタオル素材を「ふわふわね」「さらさらね」「きもちいいー」となでるようになったのは年が明けてからである。そして4ヵ月。もうすぐ初夏の今でもまだこの絵本は開架に置いてあり、遊びにきたTさんの友達にも人気を博している。
 サンタクロースは通年? そうか、これも、ふとっちょでやさしい目をした、親しみ深い「まる」のキャラクターなのだ。

 Tくんは、起きている時間が増え、喃語を発しながら、Tさんとの絵本読みにもたまに同席するようになった。にぎりこぶしを見つめながら、たぶん、音と声とを全部吸収している。Tさんは(またかよ、と思われるかもしれないが)『バムとケロのさむいあさ』(島田ゆか、文溪堂、)を読み、Tくんに「ケロちゃんはね、こんなぐちゃぐちゃにしちゃったの。ソファもパソコンもおにんぎょうも。やっちゃだめえっていわれるでしょ。でもやっちゃうのね」と説明している。泣いているTくんを観察しつつ「Tくん、おしゃべりじょうずね、おっぱいほしいって。あしばたばたもじょうずね。」さらに「くしゃみもじょうずね、はなみずもね」などと続くので、なかなかおもしろい。

(鈴木宏枝 http://homepage2.nifty.com/home_sweet_home/ Tさん2歳10ヵ月、Tくん2カ月、
「絵本読みのつれづれ」バックナンバー http://homepage2.nifty.com/home_sweet_home/ehon.htm)