あとがき

 この本をつくるについての基本的な姿勢は「まえがき」に書いたから、ここでは楽屋裏のようなことを書きとめておこうと思う。つまりこの本をつくりあげている文章のそれぞれが、どのようにしてできあがってきたかを説明しておきたいのである。
 まず「近代子ども観とその成立過程」であるが、これはもういまは廃刊となってしまった綜合雑誌『情況』の一九七六年七月号に掲載された。その号では「こどもとおとな――解放の契機」という特集が組まれ、児童文学者としては、山中恒とわたしが寄稿した。
 読めば直ちにわかるように、イギリス産業革命の渦中から生まれてきた近代子ども観についてかなりくわしく記述しているわけだが、産業革命と子どもとの関連に注目するようになったのはもう十五年ほども前からのことで、ほかのところでもいろいろと書いてきたものの一応の集成といったところだ。こういう歴史的常識ともいえる考えかたすらも、いわゆる児童文学者はなかなかしないものだということをつけ加えておこう。
 わたしの児童文学暦もすでに二十年をこえたが、児童文学の自立ということをたえず主張し続けてきたために、いわゆる主流的なところからは疎外されているから、論文発表の場の確保もたやすいことではない。しかし幸運にも山中恒をはじめとする同憂の士ともいうべき人たちに出会えたので、この本の第二章にあたる「児童文学セミナー」を書き続けられるようになった。それは、自立的児童文学者集団・六月新社が編集発行する小冊子『児童図書館』に「誌上セミナー」として連載されてきた。
 スペースのとぼしい小冊子『児童図書館』に書いたから、ずいぶんと圧縮されたかたちになっており、しかも主流とはなじむことのない理論の展開だから、すぐには理解がとどきかねる部分があるかもしれない。けれど文章理解の第一はつねに素直に読むことにあるのだから、うわべの硬い感じにまどわされると損をしてしまう。
「児童文学30選」は、この本のために新しく書きおろしたものである。この文章を書くために改めてこれらを読み直してもいるから、作業時間は相当に多くなり、従って読者に対する出血サービスとなった。のぞむべくは、読者ひとりひとりがこれらを読んで、各自の読書ノートをつけはじめることである。
 たとえば、読書運動というものがあったり、課題図書というのもあったりして、わたしにいわせればやたらな押しつけが子どもたちに向けておこなわれているのだが、それらが完全に間違っていると思うのは、自分自身では本を読むこともろくにせず、たとえ読んでいてもそれが自分にとって、また子どもたちにとってどういう意味をもつのかということを理論化するのさえままならぬような人が、いっぱしの運動屋として政治力を発揮している点なのだ。
 本は読むためにあるのであり、人を押さえつけるためにあるのではない。わたしは児童文学者として、読書運動や課題図書とは本質的に無縁でありたいと考え続けてきた。そしていままでのところは、そうしたところからさしのべられる"栄誉"には一切無関係である。このささやかな自負が今後ともの精進に役立つことをねがっている。
 創作「怪物のマーチ」は数年前に、ある学習雑誌に一年間(12回)連載したものである。同誌には十年近くも一年ごとの連載を続けていて、すでに本になったものでは『午前2時に何かがくる』(国土社)があり、近く刊行されるものに『魔法使いの伝記』(小峰書店)がある。しかし十本の作品のうち本になったのが二作というのはいかにも低打率で、このあたりにも主流から離れたところに位置するわたしの本領がうかがいしれよう。かくてこの本の編集担当者である大波徹夫氏は、なんとかして作品をなるべく多くの人に読ませたいといいだし、この種の本づくりとしては異例の創作収録ということになった。編集者としては精いっぱいの著者への荷担というわけであろう。
 大波氏はいう。「どこかの児童図書出版社で、この作品を本にしたいという話があれば当方はよろこんでそれに応じたい」と、この厚意もまことにうれしいが、そういう申入れをひそかに期待するほどにも、わたしは情況を甘くみていないのである。
 まだまだ目的の地は遠く、風にさからっての旅は終らない。けれどわたしは感謝している。この本をつくりあげるにあたっても、またまた積極な支援をうけることができた。いやいや、いいかたが逆だ。積極的な支援のたまものがこの本なのである。決して多くはないその人たちの厚情にむくゆるためにも、わたしは歩みを続けよう。
一九七九年五月十三日
佐野美津男

佐野美津男著作目録
■児童文学
『大酋長ジェロニモ』1959年、金の星社.
『ライオンがならんだ』1966年、理論社.
『ピカピカのぎろちょん』1968年、あかね書房.
『にいちゃん根性』1968年、太平出版社.
『犬の学校』1969年、国土社.
『東京・ぼくの宝島』1970年、国土社.
『だけどぼくは海を見た』1970年、国土社.
『なっちゃう』1973年、フレーベル館.
『午前2時に何かがくる』1974年、国土社.
『てんぐになりたい』1976年、小学館.
『原猫のブルース』1977年、三省堂.
『ぞうの星みつけた』1978年、小学館.
『まほうけんきゅうじょ』1978年、小峰書店.
■詩集
『青い象』1954年、限定私家版.
『宇宙の巨人』1975年、理論社.
■小説
『浮浪児の栄光』1961年、三一新書.
『勝 海舟』1968年、大和書房.
『竜馬と海舟』1968年、大和書房.
■評論
『子どもにとって美は存在するか』1965年、誠信書房.
『現代にとって児童文化とは何か』1965年、三一書房.
『強者のエネルギー』1967年、青春新書.
『やりたいことをやるだけさ』1969年、三一新書.
『子ども族探検』1973年、第三文明社.
『きょういく族探検』1973年、第三文明社.
『イメージの誕生』1977年、農山漁村文化協会.
■史伝
『日本の女たち』1964年、三一新書.
『幻想的日本人論』1969年、三一新書.
『怨念人物史伝』1972年、北洋社.

佐野美津男(さのみつお)
1932年 東京の浅草に生まれる。
1945年 3月の東京大空襲で肉親を失い、以後放浪。
     10代の後半から詩を書き始め、1958年より文筆活動に入る。現在は、児童文学者集団・六月新社に所属し『児童図書館』の編集委員。現代子どもセンター理事。子ども学研究会座長。相模女子短期大学助教授。

現住所 神奈川県相模原市御園1−18−61

児童文学セミナー
1979年6月25日 第1版発行
著者  ?佐野美津男
発行者 中原しげる
印刷所 図書印刷株式会社
    東京都港区三田5−12−1
発行所 季節社
    東京都文京区後楽2−20−15
    (内野ビル302号)
    電話 東京03(814)6505

テキスト化天川佳代子