シナリオ「ろくべい」灰谷健次郎作

 絵のイメージ(全体として)
 穴に落ちた犬をたすけだすまでの、ごく、シンプルなお話であって、(1)暗くて深い穴 (2)心細げな犬 (3)それを気づかう子どもたちの表情が、おおかたの構成です。
 そのような主題から考えて、状況の説明をしているような絵は不向きだと思いますが――。
 先にあげた三点の骨組みで大胆な構図を採用していただけるとありがたい。俯瞰図的な、あるいは断面図的な絵は(二者以外の方法もあるものとして)場面ごとにくるくるかわるのでなく、はじめに設定した構図はおしまいまでつづき、この絵本を見ている子どもたちの目が、穴と犬に集中するように配慮してほしいのです。
 犬が救出されるかどうかという緊張が、視覚的にちらばってしまわないように、してほしいと思います。

 (1)(見開き、半ページ。タイトルと重なる)
 ((1)は文なし)
<まっ暗な穴。
犬の姿は見えない。
きょゆーんわんわん きょゆーんわんわん
鳴き声は文字をイラストして、穴のそこから立ちのぼってくるような感じで。>
(2)

 ろくべいが、あなにおちているのを、さいしょにみつけたのは、えいじくんです。
「まぬけ」
と、かんちゃんがいいました。いぬのくせに、あなにおちるなんて、じっさいまぬけです。あなは、ふかくて、まっくらです。
 なきごえで、ろくべいということは、わかりますが、すがたは、みえません。
<子どもたちが心配そうにのぞきこんでいる。
 いずれも一年生。>
 (3)

 みつおくんが、うちからかいちゅうでんとうを、もってきました。
 てらすと、うえをむいて、ないているろくべえが、みえました。
「ろくべい。がんばれ」
 えいじくんが、おおきなこえで、さけびました。
「わんわん」
 うれしいのか、ろくべいのなきごえは、まえより、おおきくなりました。
「ろくべい。がんばれ」
 みんな、くちぐちにいいました。
<懐中電灯の光。
 地獄に仏といったあんばいのろくべい。>
 (4)

 しかし、がんばれと、さけぶだけでは、どうにもなりません。だいいち、ろくべいは、なにを、がんばったら、いいのでしょう。
 だれかが、ロープをつけて、したに、おりていけばいいのでしょうが、それはいちねんせいにむりです。
 こうがくねんのこは、まだ、がっこうです。きょうは、にちようびではないので、おとうさんはいません。
 こまった。
 こまった。
<心細いろくべい。>
 (5)

 みんなで、そうだんをして、おかあさんを、ひっぱってきました。
 のぞきこんで、おかあさんたちは、わいわいがやがや、いいました。
「むりよ」
 と、しろうくんのおかあさんは、いいました。
「そうだわ。おとこでなくちゃ」
 と、かんちゃんのおかあさんも、いいました。
「けち」
 と、かんちゃんは、くちごたえをしました。
「ぼくがおりていく」
 かんちゃんは、おとこらしくいいました。
「ゆるしません。そんなこと」
 かんちゃんのおかあさんは、こわいかおをして、いいました。
<のぞきこむおかあさんたち。
 上目づかいに、いっそう心細いろくべい。>
 (6)

「ふかいあなのそこには、ガスがたまっていて、それをすうと、しぬことだってあるんですよ」
 みんな、かおを、みあわせました。
 どうしよう。
 はやくたすけてやらないと、ろくべいが、しんでしまう。
 おかあさんたちは、やっぱり、わいわいがやがや、いいながら、かえってしまいました。
「けち」
 と、かんちゃんがいいました。
「けち」
 えいじくんもいいました。
<上目づかいに、まるくなってしまうろくべい。>
 (7)

 ろくべいが、まるくなってしまったので、みんな、しんぱいになってきました。
「ろくべい」
 よびかけても、ろくべいは、ちょっと、めをあげるだけです。
「ろくべい。げんきだしイ」
 えいじくんは、そういって、ドングリコロコロのうたを、うたいました。
「もっと、けいきのええうたをうたわなあかん」
 かんちゃんは、おとなのようなことをいって、おもちゃのチャチャチャを、うたいだしました。
 みんなも、うたいました。
 ろくべいは、やっぱり、ちょっと、めをあげただけです。
<目をふせて、まるくなるろくべい。
 おもちゃのチャチャチャのうたが、降ってくるように――。>
 (8)

「ろくべいは、しゃぼんだまがすきでしょ。しゃぼんだまを、ふいてあげたら、げんきがでるかも・・・・・・」
 みすずちゃんが、やさしいこえでいいました。
 ろくべいは、しゃぼんだまをみると、たべものとまちがえるのか、すぐ、とびつきます。
 みすずちゃんは、それを、おもいだしたのです。
 みんな、うちへとんでかえりました。ストローと、せっけんすいを、もってきました。
 それから、きょうそうのようにして、しゃぼんだまをふきました。
 だけど、ろくべいは、ぴくりともうごきません。
<しゃぼん玉をふきこむ子ども。
 たくさんのしゃぼん玉が穴いっぱいに――>
 (9)

 どうしよう。
 どうしよう。
 みんな、はんぶん、なきそうなかおをしています。
 そこへ、ゴルフのクラブをふりながら、ひまそうなひとが、とおりかかりました。
 かんちゃんは、ろくべいを、たすけてくれるように、たのみました。
「どれどれ」
 そのひとは、あなをのぞきこんでから、いいました。
「いぬでよかったなア。にんげんやったら、えらいこっちゃ」
 たすけてくれるのかと、おもったのに、そのひとは、そういっただけで、いってしまいました。
「あほ」
 と、かんちゃんがどなりました。
「あほ」
 えいじくんもどなりました。
<太った男と、小さくなっているろくべいの対比。>
 (10)

 もうだれもあてにできません。みんな、くちを、きゅっとむすんで、あたまがいたくなるほど、かんがえました。
「そや」
 とつぜん、かんちゃんが、おおごえをだしました。
「ブラッキーを、かごのなかにいれておろしたら・・・」
 なるほどと、みんな、おもいました。
 ブラッキーは、ろくべいのこいびとです。ろくべいは、よろこんで、かごにのることでしょう。そこを、つりあげるというわけです。
 めいあん。
 めいあん。
「けどなア・・・・・・」
 なんだか、かんちゃんはげんきがありません。
「そやなア・・・・・・」
 みんなもしょげました。
 ろくべいは、ざっしゅですが、ブラッキーは、コッカスパニエルというしゅるいなので、ブラッキーのもちぬしであるみすずちゃんのおかあさんは、にひきのいぬを、あわせたがらないのです。
<ろくべいが夢みているようにブラッキーを。
(ブラッキーは耳がながく、からだ中まっ黒で、足が太くてみじかい)
 (11)

「ブラッキーをつれてくる」
 みすずちゃんは、きっぱりといいました。
「さあーすが」
 と、かんちゃんがいったので、みすずちゃんは、ちょっと、あかくなりました。
 えいじくんや、みつおくんたちは、かごとロープをとりにかえりました。
 いちねんせいですから、かごとロープを、むすぶのに、とても、じかんがかかりました。
 でも、やっとできました。
 ブラッキーを、かごのなかにいれました。
 そろり、そろり。
 そろり、そろり。

<ブラッキーのはいったかごは、そろりそろりと降ろされて――>
 (12)
 そろり、そろり。
 そろり、そろり。

 ぐらっ。
「あっ」
<かごがかたむいて落ちそうになるブラッキー>
 もうすこしで、おちそうでした。
 あぶない。
 あぶない。
 
 やっと、つきました。
 (13)

「あれぇ」
 みすずちゃんは、とんきょうなこえを、あげました。
 だって、ブラッキーはかごから、ぴょいと、とびでて、ろくべいと、じゃれあってなんかいるんですもの。
「まぬけ」
 と、かんちゃんがどなりました。
「ちぇっ」
 と、しろうくんも、したうちしました。
 どうしよう。
 にひきとも、かえれません。
<かごからとび出て、じゃれあっている二匹。>
 (14)

「あれぇ」
 また、みすずちゃんが、こえをだしました。
 ブラッキーが、また、かごのなかに、はいったのです。
 ブラッキーを、おいかけていたろくべいも、ぴょんと、とびのりました。
 しめた。
 そら、いまだ。
「わあっ」
 みんな、おおよろこびで、ロープをひきました。
<かごにはいっているブラッキー。
 とびのる寸前のろくべい。>
 (15)(見開き、半ページ)

 ((15)は文なし)
<画面から、はじめて暗い穴が消える。
 ろくべいとブラッキーを囲んで、子どもたちの笑顔。>

(備考)絵本『ろくべえ まってろよ』として完成する中で、次の変更があった。ろくべい→ろくべえ、ブラッキー→クッキー。といった表記の変更のほかに、文の追加、削除、訂正などである。

テキストファイル化山口雅子