子どものHP/MP

(16)「子どもの時間」?

           
         
         
         
         
         
         
    
 話題のドキュメント『こどもの時間』を観てきました。埼玉県桶川市にある、いなほ保育園に通う子どもたち5年間のドキュメンタリー映画です。公式サイト(http://www.motherland.co.jp/inaho/)で、監督の野中真理子は次のように書いています。「1995年5月、私は35歳で一人目の子どもを出産しました。そして3カ月後にテレビ・ディレクターとしての仕事に復帰すべく、次の企画をあれこれと考えているとき、ふと決意したのです。 『どんなテーマであれ、子育てしながら時間と体力を捻出して、誠心誠意取り組んでいくのなら、今の自分にとって最も切実な題材に取り組もう。それは何だろう。“子ども”だ。今まで苦手で避けてきた幼い子どもだ。 “子ども”をテーマに向き合ってみよう』と」。そうして野中は、いなほ保育園を発見し、そこに子どもを預けるべく転居もします。並々ならぬ決意です。
 16ミリ80分の映画は、6歳の卒園式から始まり、入園時期に戻って時を進めていくというシンプルな構成です。4000坪の広大な借地と農園。庭に置かれた大きなテーブルでのお昼ご飯。年長さんから年少さんまで入り乱れての食事風景。ガスでなくたき火で焼かれたサンマの開きがテーブルに次々置かれ、子どもたちは手づかみでそれをむしり、頬ばります。そのなんと美味しそうなこと。みんな青っぱなを垂らし、頬は真っ赤です。
 そんなエネルギッシュな子どもの力を観ていると、楽しい。その野蛮さは確かに一種の子どもの本当の姿であると思います。彼らは悪さもし、けんかもし、山羊に餌をあげるお手伝いもし、上の子が下の子の面倒も見、安定した関係性をうまく保っています。ですからそれはそれでいいのですが、ヒットの要因が気になります。何に感動しているかが。
 しごく簡単に言えば、このドキュメンタリーの子どもの姿、つまり「子どもの時間」は普遍的なものではありません。むしろこの国では特殊事情に属するでしょう。いなほ保育園と同じ環境の保育園を東京に作ることはできません。それは、野中が転居したことで、すでに証明されています。日本のほとんどの子どもたちは、こんな環境で0歳から6歳を過ごすことはできないのです。にもかかわらず、感動によるヒットであるのなら、それはヤバイ。悪しき童心主義への逆戻りです。都会で育つ子どもたちに、このドキュメントを当てはめるのは残酷でしょう。
 見終わったあと、母親の一人が言っていました。「これ観たら私、ごっつう罪悪感」。
(ひこ・田中 「図書館の学校」2001.12)