『現代日本児童文学への視点』(古田足日 理論社 1981)

 絵本と子ども 1 黒姫絵本の学校・講義より


 ぼくは絵本と子どもについてしゃべることになっています。いずれにしても時間がそれほどありません。それに絵本と子どもについて、いろいろ問題がありますのでどれに焦点を絞ればよいか考えがつかないうちにここに立つことになってしまいました。あるいはばらばらになるかもしれませんことをおことわりしておきます。

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 最初に絵本と子どもについて去年出て来た問題について申しますと、『月刊絵本』十一月号で、”イラストレーターと子どもの出会い”という特集をやりましたが、それをやった理由、すくなくともぼくの中にあった理由としては、よく子どもばなれ、子ども不在ということがことに去年あたり言われるようになりましたが、そのことが一つありました。
 日本子どもの本研究会という団体、これは全国的にといっていいでしょうか、大きな影響力を持っている読書運動の団体ですが、ぼくもその会員の一人です。その会が去年東京で”子どもの本と児童文化講座”という集会をやりましたが、その中の”絵本”の分科会の記録が、日本子どもの本研究会で出している月刊『子どもの本棚』に載っております。それを読み上げてみます。

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 おとながほれこんだ作品を子どもに与えた場合、必ずしも子どもが喜んでくれるとは限らない。最近このような絵本が多くなったという意見があり『花さき山』『ひさの星』『鬼』について話しあった。斎藤隆介さんの作品は、昨年もこの分科会で話しあわれたが、テーマが子ども、とくに幼児には十分には理解されなかったという意見が出た。岩崎ちひろさんの作品については、赤ちゃん絵本は輪郭がはっきりしないので、赤ちゃんに与えた場合反応が少なかったことや、また四、五歳の子どもには喜ばれた例もあり、いちがいには言えませんが、柔かな絵の感じはおとなに好まれるが、子どもに十分受け入れられないこともある。瀬川康男さんの『ふしぎなたけのこ』や『やまんばのにしき』までは子どもと一緒に楽しく読んできたが、『たべられたやまんば』『鬼』になると子ども不在の絵本、おとなの絵本になってしまったのではなかろうかとの意見が出た。田島征三さんの『ふきまんぶく』も話題にあげられ、絵としてはすばらしいが文が不十分だ。また『ふるやのもり』『ちからたろう』は、子どもにたいへん人気のあったものだが、『ふきまんぶく』は、ふきちゃんの頭の曲げ方が気になる子どもがあったり、納得できないところがあるなど、それぞれ代表的な作品について深く話し合えた。(中略)
 絵本の作家・画家は、子どもにおもねることなく、命がけで芸術性を追求しながら、絵本づくりに打ちこんでいられるようすを、出版社の編集者の側から聞くことができた。私たちが作品に触れてもそれは十分感じとることはできる。しかし子どもの本としての絵本であれば、子ども不在の絵本であってもよいだろうか。子どもにかかわりを持ち、作者にはっきりとした子ども像をもって、絵本づくりに打ちこんでいただきたいという希望が、参加者に芽生えた。
 児童文学のなかで、立ちおくれている日本の絵本の分野で、作家や画家の書き手と、子どもに本をすすめる実践者が手をつないで、子どもの本としてのよい絵本を、全国の子どもたちに読んでもらえるようにしなければならない。

 前後をちょっと略しました。以上のような記録が、絵本の分科会から出ております。
 これをここに紹介しますのは、ぼくがこの意見を全部肯定しているからではありません。部分的には非常にひっかかるところがあります。たとえば「斎藤隆介さんの作品は……」という言い方がしてあり、次に「岩崎ちひろさんの作品……」という言い方がしてある。「斎藤隆介さんの作品は」と言った場合に、ぼくなどの受け取り方は、絵本になっていない斎藤隆介さんの作品、というふうに受け取ることになってしまうわけです。絵本の分科会の報告でありながら「斎藤隆介さんの作品」という報告をすること自体が、非常に気になってしかたがない。これははっきりまちがいでして、斎藤隆介・滝平二郎の作品というふうにはっきりしなければ、絵本として考えていくことにはならないわけです。
 したがってここから、ある意味では、全体の傾向として文のほうを重視している場合がありはしないか、という感じがもうひとつしてくるわけです。ただそれではこの意見というものを完全に無視することができるかどうかといいますと、やはりそうじゃないと思うのです。こうした意見が出て来ていること自体、そこにはやはり考えなければならないところがあると思います。それを考えていく手がかりというよりも、もう一つ違った問題提起になっている面があると思う発言を次に紹介します。

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『児童文学1973』という雑誌、これは半年刊でして、京都の聖母女学院から出ている、今江祥智氏が編集している雑誌であります。それの第二号が最近出ました。今年になって出るのですから「1974」にならなければならないのですが、去年の紙の事情で年遅れになってしまって「1973」で出て来ました。その中に一つ、ぼくが読んで非常におもしろかった文章があります。これを書いているのは宅間英夫さんという方で、この宅間さんがどういう人かということは読んでいる中に出て来ます。『ベロ出しチョンマ』について書いているんですが、その前半のほうが現在の絵本の問題に関係があります。


 世に四十の手習いというが、五十に近い年になってもよもや、子供の本との関わりを持とうなどとは夢にも思ってみなかった。だいたい幼い頃、大人になったら郵便配達人になるんだと力んでいたらしい。町まで一里、その町には本屋らしい本屋もなかったが、毎月郵便配達人のとどけてくれる”小学一年生”が、田舎の子供にとっての只一つの都会の文化の窓口であった。子供心に郵便配達人になれば好きな本が沢山読めるようになると思って配達人になる決心をしていたらしい。
 人生しょせん、オシャカ様の手の平の上、あっちにあたり、こっちで傷つきしながらどうやら、元のところへ帰ったわいと、自分ひとりにが笑いしている。
 もとはといえば、三十年来の友人、松居直に月刊誌「かがくのとも」の製本をまかされ毎月眺めているうちに遊びほうけている近所のガキどもにもたまにはこういう絵本を読ませてやりたくなって、松居直に相談したら福音館の代理店になって京都全部をおまかせしますといわれた。京都全部でなくていいんです、ほんの近所だけなんですがといってはみたが、とうとう押し切られてしまった。早速、これもまた、三十年来の友人水口健(当時福音館営業部長)がやって来て、契約書に判を押せという。契約書とは、もともとごたごた書いたもの、めんどくさくなって、お前がいうんだから間違いなかろうと、内容も見ずに、その契約書に判を押してしまった。こうして福音館書店代理店”京都こどものとも社”が誕生させられてしまったのだった。
 後刻、これも三十年来の友人来島始にことのイキサツを話すと、「うまく松居くんのペースにはまったなあ、彼はうまいよ」とニヤニヤされた。君は何も知らんが、他の児童出版社は福音館を目の敵にして、あわよくばつぶしにかかっているんだよと教えられ、それは大変、それなら福音館の本を一冊でも売れば倉庫の本が増えることはない、確実に一冊減るワイなと、都大路に飛び出した始末だった。(中略)
 商売早々、やけによく売れる絵本が「ぐりとぐら」「しろいうさぎとくろいうさぎ」「はなをくんくん」で、「ぐりとぐら」は読んでみたら毒にも薬にもならぬ屁みたいなお話。こんな本を読んで喜ぶ子供が大きくなったらどんな大人になるのかと心配になって、四、五冊の絵本の内に「ぐりとぐら」を入れて、中学三年生になる我家の娘に読ましてどれが一番面白いかと尋ねたら、返って来た答えが「ぐりとぐら」。
 しゃくだけれども松居くんにことの次第を話すと、ニコニコして「ぐりとぐら」が分からなければ絵本のよさは分かりませんよと言われた。絵本など分からなくてもよいわいなと今でも腹の底では思っている。ものの本によればこの手の本が無国籍絵本と呼ぶらしい。
 「しろいうさぎとくろいうさぎ」はアメリカの黒人差別問題が底にあるのかと感心して読んでいたら、これも、ものの本によると、それは読みすぎで関係ないらしいと知らされた。
 木島くん訳の「はなをくんくん」はこちらも動物達と一緒になって、くんくん、期待して頁をめくると、なあーんだ花一輪か、これはこけおどしだ。ばかばかしくなって、今江さんに”あの落ちは高等落語ですね”としたり顔で言うとそこがきいているんですとたしなめられた。
 そんな頃、今江さんにいただいたのが、斎藤隆介作「ベロ出しチョンマ」一巻だった。そして、この童話集が絵本「八郎」「三コ」「花さき山」「モチモチの木」の原本であり、この本の出版のいきさつもくわしく知らされた。


 と書かれていまして、そして『八郎』について述べられ、『八郎』の発表が一九五二年『人民文学』だったということから、その『八郎』についていろいろな斎藤隆介自身の思いがあったのではないかということを言っているわけです。
「斎藤氏の作品の底を流れる献身(これもものの本で知った)も、革命運動をヌキにして語ることは意味がないように思える。」こういうふうに書いて、そして「六七年、松居直によって、『絵本・八郎』が出版されるまでには十二年の歳月が流れたとはいえ、」こうなっていますが、これは宅間さんの計算のまちがいで十五年の月日が流れているはずなんです。五二年から六七年ですから十五年の計算です。「十五年の歳月が流れたとはいえ、時代のかげり一つ見せぬ堂々たる八郎に変身し、今も善男善女のタマゴに安心して愛されている。この二冊の絵本を見くらべながら、松居直の、まるで手品師のような鮮やかな絵本つくりに感心し、その秘密をかい間見たような気がする。」

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 この宅間さんが書いていることがぼくは非常におもしろかったんです。といいますのは、つまり『ぐりとぐら』は「毒にも薬にもならない屁みたいなお話」というふうにはっきり出して来る。今まで、絵本を子どもにすすめている人たちの話を聞いていて『ぐりとぐら』についてここまではっきり言った人は、宅間さんが初めてでした。それに関連して『はなをくんくん』『しろいうさぎとくろいうさぎ』についての意見があって、そのあと松居直氏批判が、とぼくはかってに受けとりましたが、みごとに出てきている。そのうち『ぐりとぐら』の問題ですけれども、ぼくの感じとしては、宅間さんが意識してかしないでか、『ぐりとぐら』が子どもに広く読まれていること自体に、ある問題を感じている。そのように受け取り直してもいいじゃないかと思うのです。
 ここに来る途中いぬいさんから聞いた話ですと、チェコやフランスでも、やはり『ぐりとぐら』は子どもに喜ばれているそうです。そのように広く国際性を持っている、そのことと、松居さんが宅間さんに向かって『ぐりとぐら』がわからなければ絵本のよさはわかりませんよと言ったということと、どういう関係を持っているだろうか。いま一つは『ぐりとぐら』を、非常にすぐれた絵本というふうに見ることができるのか、あるいはできないのか――といいますのは、全世界的に”子ども”という場合、そうしたチェコ、フランスの子どものことはぼくは知りません。また日本の場合といっても広く知ってはいませんけれども、『ぐりとぐら』は中間層的な子どもというふうな感じが、ぼくにはちらちらとあるわけです。『ぐりとぐら』の話、それから山脇さん――大村百合子という名前で載っていたでしょうか――大村さんの絵もこれでいいのだろうか、というふうに感じるときがありました。これはぼく自身答えを出しておりません。ぼく自身がわからないからです。しかしどうも、あるような感じがしてならないのです。
 一応『ぐりとぐら』の物語については理屈っぽく、そして非常に粗っぽく言ってみますと、ぐりとぐらが森へ遊びに行って、栗かなんか拾いに行って、それからタマゴにたまたまぶつかるわけですね。はなはだ公式的に、図式化していいますと、ぼくだったらそうはしないだろうという気がする。森へ何か拾いに行くんじゃなくて、腹が減って取りに行くというかな、あるいは何か作ろうとするとか、田島征三みたいにヤギを飼う、いやニワトリを飼うとか、ニワトリからタマゴが出て来るのはありまえだけれども、赤羽さんの『おおきなおおきなおいも』のような、ニワトリから大きな大きなタマゴが生まれ出たってかまわないですよね。どちらがおもしろいかそれはわかりませんし、ぼくが今言ったようなことでなければならないということは、もちろんありません。
『ぐりとぐら』の話には、子どもが全身で生きているな、と感じられるところがありました。タマゴをうちへはこぶ方法をいろいろと考えるところです。しかし、「お料理すること、食べること」が人間の根本的なものとして出てきているかどうか、それよりもやはり、おとなの保護下の子どもの遊びという感じの方がぼくには強いんです。これがさっきいった中間層ということです。
 そして、子どもが全身で生きているところ、ここをあの絵のつかまえかたでいいんだろうか、という疑問が残ります。

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 そこで宅間さんの問題提起と、日本子どもの本研究会のまとめの問題とがかかわってきます。いや、その前に子どもの反応の問題がありました。といいますのは日本子どもの本研究会は、そこに集まった人たちがこの本をどのように読んだかという反応を出しているわけなんです。それをもとにしてこれは子ども不在だということを出している。しかし、ぼくはその反応というもの自体、つまり子どもが本に出会った、その反応というものをおとなが、あるいは読んだ本人自身が、それをちゃんとつかまえられるかといったらこれは非常にむずかしいと思うんです。
 といいますのは、ぼくたち、本を読んで感動する、そういうふうな感動した結果といいますか、それを一口で”おもしろい”という言葉で言いあらわしたり、あるいは言いあらわせなくなって、ものも言わずに黙ってしまったということがある。その感動、たのしさを言うときに、言葉の表現として出て来るのは、こういうところがおもしろかったとか、ここでこんなことを感じたとかという言い方をする。それはたいてい、いわば、なんか世の中をこんなふうに見直したとか認識したというふうなことにつながるような言い方しかしない。ところが実際、読んでいる時の感動、たのしさというのは、そういうふうな発見を含みながら、一口に言いましたら、その作品全体を作り上げている緊張感といいますか、それをややこしく言いますと、作品の中での芸術的――芸術的というふうに言っていいかどうか、とにかくものすごく凝縮された現実なら現実というふうなものを作品の中で、もうひとつ自分がそれを体験し直したということになる。その緊張感そのものを表現するということはほとんど不可能に近いわけです。そういう緊張感というふうなものは表現できないということを前提にして、知っていながらその反応をおとながつかまえているんじゃなくて、そのミゾがあるということを抜きにして子どもの反応はそのまま出て来るものだというふうに考えている。
 もちろん子どもがおとなに向かって、おとなのごきげんをとるみたいなことを言ってみたりするということがある。その程度のことは日本の子どもの本研究会としては百も承知の上ですよ。そうではなくて根本的には自分が感じた緊張感みたいなものは、じつは表現できないんだ、言葉だけではなく、身体的反応まで見ていったところで、ほとんど表現不可能なものなんだという、その認識が抜けている。そこが抜けていった場合には、子どもの感じたものが抜け落ちていく。受け取ることができないものだと思うんです。そういうふうな問題が一つあります。

 そこでちょっと宅間さんとのかかわりですが、日本子どもの本研究会に参加した人たち自身が、子どもたちの反応を持ちより、出していく際、その子どもたちがどういう子どもたちであるかといった場合、それはやはりどうも中間層的部分にかかわってきているのではないかと思うのです。
 子どもと本との関係では、そこのところが限定されたら困るんじゃないか。日本子どもの本研究会は限定しようとしているわけではありませんけれども、ぼく自身が会員でありながら、この絵本の分科会のこういう意見を見ていくと、ぼくの感じでは一方には子ども、それから絵本、その両方の可能性を今度は矮小化していくことになりはしないかという気持ちがして来るわけです。子どもというものは豊かなものであり、もっともっといろいろなものを受け取っていくという感じがするんです。絵本というふうなものも、もっといろいろな可能性を持っているんじゃないかという気がする。
 そこのところを、子どもばなれ、子ども不在というふうに言ってしまった場合にはそういうふうな可能性、両方の可能性を小さくしか見ていないということになりはしないかという気がしているわけです。それが一方にありながら、その際、子どもばなれということはどういうことなのだろうかと考えてみると、また無理からぬという感じもしてくるわけです。というのはやはり子どもがある親近感なら親近感といいますか、それを感じる絵なり物語なりというふうなものがそれほど多く存在していないといいましょうか、しかも多数の子どもが、というふうに言い直してもいいと思いますけれども、多数の子どもがそういう親近感を持つ絵本というものは、『ぐりとぐら』の時代にくらべて、その出方が少なくなっているんじゃないかという気がする。そこを素朴に日本子どもの本研究会は問題を提起したとも考えられるでしょう。しかしそうじゃなくちゃならないという口ぶりはやはり、ちょっと気になります。それは良い悪いの問題じゃないわけです。こういうふうな作品とこういうふうな作品とこういうふうな作品があるというふうに見ていくのが、あたりまえの見方でしょう。ただ、現在すぐれた絵本といわれる中で、現在の子どもの多くに親しまれるというふうなものが少なくなっているのは事実でしょう。
 その点で、たとえばさっきあげた『おおきなおおきなおいも』これを見たときには、ある意味ではホッとしたような感じがしたことを、覚えております。もっともぼく自身も『おおきなおおきなおいも』を書こうと、ぼくは画家じゃありませんから画家と相談して、ストーリイがやっときまった。その一週間のちに赤羽さんがやっているということでやめたわけですけれども、どちらにしても出たときに、あるホッとした感じがあったというのは、やはりそこには子どもがスッと入っていける世界というふうなものがあった、という感じなんです。
 それをもうひとつ拡大しまして考えてみますと、子どもの日常生活とでもいいましょうか、そうしたものを材料としている絵本は、やはり少ないと思います。それから日本子どもの本研究会の言い方の中で「児童文学の中の絵本という分野」という言い方がありましたけれども、この言い方はまちがいだと思います。児童文学と絵本とははっきり違うジャンルです。しかし、物語絵本などの場合にはくっつきがあるといいましょうか、親戚関係みたいなところがあることは事実です。この隣接分野の現在の児童文学のありようを見ていっても、そこではやはり現在の子どもを書いたものは数が限られている。少ないわけです。その現象とも関係がありはしないかというふうな気がする。
 そんなふうなことを考えていきますと、あせった形で、日本子どもの本研究会が、もっと子どもに親しまれるものを――というふうにこのまとめを通して言っているという気がする。これに答えて、そういうものを書く人も出て来てほしいということですよね。
 ただその問題提起は不十分でした。この最近数十年をふりかえってみて多数の子どもに親近感を持たれた絵本の一つは、佐藤さとる文・村上勉絵の『おおきなきがほしい』です。ところが、これには『ぐりとぐら』にあった、子どもが全身で生きるところ、こうしたものはいっそう薄くなっていて、木の上の小屋がまるで団地みたいになっていて、中間層への傾斜が非常に強い。というより、中間層そのものの絵本ですね。現在多数の子どもといった際、中間層が限定されてしまうおそれがある。
 今日の昼前に、かこさとしさんの絵本の話が出ましたが、かこさんの絵本、たとえば、『だるまちゃんとてんぐちゃん』などの場合には、かこさんがかつて子ども会活動をやっていた、それがもうひとつあのなかに生き残っているんじゃないかという気がする。最近出て来たかこさんの絵本の中には、それによりながら、じつはその精神というものはどうも稀薄になっているんじゃないかという感じがしております。
 さらにもう一つあるのは、その際『だるまちゃんとてんぐちゃん』にあった、かつてのかこさんのセツルメント活動みたいなものが生きている部分というふうなものは、もうひとつ今の時代を超えていく、これからあとの時代を生きていく子どもとのかかわりを考えていった場合に、また、あれだけでも足りないんじゃないか。あの場合もやはり中間層的な面がやはり残っていやしないか、ありはしないかという感じがするんです。そうしたものを超えていく絵本を、というふうに考える。

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 その際に、もう一つ問題になるだろうと思いますのは、絵本の概念です。この概念は、はなはだ混乱しておりまして、たとえば若山憲さんが”純絵本”と言うと、”純絵本”の定義は何だというふうにだれかが言いだす。言っている本人のほうではだいたい見当がついている。しかし、言われているほうでは、いったいどういうふうなものか、ちょっとつかまえられないところがある。そこで受け取るほうでは、その言葉を定義として受け取ろうとする。ところが定義しようにも、じつは定義するに足るほどの裏付けになる作品がそれほど多くないというのがむしろ現状です。というより、定義しても始まらない。若山さんは少数の現物を土台にして、これからあとのあるべき絵本というものを、純絵本という言葉で考えているからです。
 だから今の絵本という言葉が、あるべき絵本の概念で使われている場合と、それから非常に広がった形で、小学館などで出ている本屋の店先のくるくるまわる筒に入っている絵本、とにかく絵がいっぱい入っている本が全部絵本だというふうな概念に至るまで、といったように種々様々の絵本概念があるわけですよ。さらに物語に絵をつけたという形でできていくものも非常に多いということになる。そうした種々様々の絵本の概念と、絵本といわれるものがあって、”絵本とは何か”という一つの安定した形は現在出来上がっていません。すこしさかのぼると、岩波書店が「岩波の子どもの本」を出す。福音館が「こどものとも」を出していって、すぐれた絵本といえば今まで岩波と福音館の絵本というふうになってしまっていた。そこのところで一つのある概念が出来かかろうとしたときにすでに、そういうものがくずされつつあるということになる。今は、そうした混乱した状態の中で絵本が進んで来ていると思うんです。
 その中で、絵本というのはどういうものかということを、探求しながら、内容としては中間層を乗りこえていかなければならない。そういうところに現在のぼくたち立っているんだというような気持ちがしているわけです。
 今言ったのは、つくる面からの課題のことですけれど、現実に子どもに本を触れ合わせるといいましょうか、そういう場にいる人たち、幼稚園、保育園の先生、それから読書運動をやっていらっしゃる方、そうした方にむかっては、ぼくは、人間の根源的なものをとらえる可能性を持っている絵本も用意してもらいたい、という気持ちなんです。十人の子どもに読んでやって、七人もがいやになってどこかへ行ってしまった。残り三人が聞いている。その三人が、とてもおもしろかった、楽しかったというならそれでいいんじゃないかと思うんです。つねに多数ということを考えていくとおかしくなる。
 ぼく自身は多数の子どもの喜ぶ読物、絵本をつくり出したいと思いますが、しかし、それだけで子どもは育つものではないし、浅い感動、浅い楽しみの絵本なら読む価値がないという、しごくあたりまえのことをいって、この話をおわりにします。

(追記)誤解を防ぐためにつけ加えておきたい。その一つは、この講演中でいった作品批判は作品価値の全否定ではないということである。そこまで日本の絵本は到達した、今後の問題は、という立場からぼくはこの講演をやった。その立場からすればこういう見方がある、というように受けとっていただきたい。
 もう一つは、絵本(だけではなく)を読んでいる時の感動、緊張感を表現することは根本的には不可能だ、といっていることについて。作品に盛りこまれている意味(内容といってもよいか)、これについては読者はいくらでも深くはいっていける可能性を持っている。作者が意識していないものさえ発見する。しかし、それとないまぜになっている緊張感の質、深さと広がりについては、ほとんど表現できないのではないかということである。  (『月刊絵本』一九七四年六月号)
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