絵本ってオモシロイ

05.白と黒のゆめ
米田佳代子

           
         
         
         
         
         
         
     
 絵本というより、画集といった方が良いのかも知れないが、東君平氏の遺作を集めた『潜水夫の夢』(サンリオ)という本が近頃出版された。
 東君平氏といえば、丸い目の優しい少年と少女の絵、太めのやわらかいりんかく線を思い出すけれど、この画集には、そういった後期のものと、全く違うスタイルの前期のものも収められている。後期の作品しか知らない読者は初期のそういった作品群を見てきっと驚かれると思う。そして氏の才能の豊かさに今さらながら目を見張るのではないだろうか。
 私が初めて氏の初期の作品と出会ったのは、そんなに昔のことではない。画家であり詩人である三輪映子さんが、氏の初めての個展「白と黒のうた」のカタログを見せて下さったのは、数年前の事だ。今回の『潜水夫の夢』の中にもその中の作品が入っているが、同じ白と黒の世界といっても後期のものとは全く違う世界がそこには広がっている。紙で鳥を作って水に浮かべると本当の鳥になってしまうという作品「紙の鳥」をはじめとして、そこには驚くべき程の繊細さを秘めた詩の世界が広がっている。木の一本一本にはたんねんに葉が刻まれ、描かれた少女たちはちょっと淋しげな表情をたたえている。
 私は東氏がそういった作品を描いていた頃に、子どものための本創りを志していたのかどうか知るすべもないが、たとえ氏が絵本を出版しようともさし絵を描こうとも、あの一群の作品からは、それ以上に画家としての気迫が感じられる。子どもの本だから子どもに合わせる、というのではなく、氏の作品の場合あくまで純粋に描いた絵が子どもの世界との接点、共通点を内在していたのではないだろうか。
 ニューヨークで制作したというシルクスクリーンの作品にはカラーのものもあったようだ。私はこの作品集ではじめてカラーの作品を見たけれど、その一寸抽象化された世界にも、他の作品と同様に東氏の事物を単純化し余分なものを全て取り除き結晶化させようとする(もしかしたら無意識の)試みが見られる。 
 作品をじっと見ていると、心の中が妙に澄みわたり、別世界に遊びに行っているような気持ちになる。淋しさをかみころし、自分の内に広がる世界を黒い紙の上に描いたその作品は見る人間の心の中の優しさの部分に語りかけてくる。
 福武書店からも、『みかづきちゃん』の三冊の絵本が出版されている。みかづきちゃんは夜の空の闇からぽっかりと生まれた、かわいい月の輪熊の子どもだ。初期の一連の作品とスタイルこそは変わってしまったが描かれているテーマは、生きることの喜びだと思う。人生を常にポジティブに見て欲しい、そんな願いがこもった作品だと思う。
 東氏は本当に残念な事に数年前突然亡くなってしまった。けれど残された作品の中に氏の若い魂は生き続けている。本を開いて『潜水夫の夢』の中に旅してみて欲しいと思う。
福武書店「子どもの本通信」第7号  1989.5.20
テキストファイル化富田真珠子