子どもの本

藤田のぼる
東京新聞

           
         
         
         
         
         
         
    
 中学の歴史教科書をめぐって議論がおこっているが、僕も問題の「新しい歴史教科書」(市販本)を読んでみた。印象としては、やはりかなりにイデオロギッシュな本だと思った。同時に、読者である子どもたちを信用していない本だとも思った。歴史のさまざまな局面に対峙(たいじ)させ、子ども自身に考えさせるというよりは、著者の誘導する方向に引っ張っていこうという意思で忙しい。「日本人としての誇り」は一般論としては結構だが、それはあの戦争がかならずしも悪いことばかりではなかったと、内向きで傷をなめ合うような姿勢で果たせるとは思えない。
 そんな折、歴史をどう記憶していくかというか、歴史から何を引き出していくのかという点で、襟を正される二つの作品に出合った。小学校高学年、中学生、大人の読者にもお薦めしたい。

『いちじくの木がたおれぼくの村が消えた』
(ジャミル・シェイクリー・著、野坂悦子・訳、津田櫓冬・絵、梨の木舎、一三四〇円)
イラン・イラク戦争や湾岸戦争で日本人も知ることになったクルド族の少年の悲劇を描いた作品である。
 舞台はイラク北部、村がイラク軍によって壊され、アラームの一家は親せきに身を寄せるが、ペシュメルガ(クルドのゲリラ)の支援の下、父親たちは別の場所で村を再建する。しかしゲリラの野営地が攻撃を受け、母親はレイプされ、アラームも砂の上で死んでいく。
 元ペシュメルガでヨーロッパに亡命したという経歴の著者だが、これは決して単なる反イラクのプロパガンダ小説ではない。これほどに悲惨な事実を描きながら、そこにはなおも人間の未来に対する願いが込められている。巻末に付された訳者や関係者による解説も、読者とともに考えようという姿勢にあふれている。

『彼の手は語りつぐ』
(パトリシア・ポラッコ・作、千葉茂樹・訳、あすなろ書房、一六〇〇円)
 絵本である。表紙は白い手と黒い手の握手のアップ、そしてそれを阻むようなもう一つの手。この物語は、作者パトリシア・ポラッコの家に五代にわたって語り継がれたもので、五代前のセイが少年時代、南北戦争に従軍したときの話である。
 負傷したセイは同じ北軍の黒人少年兵ピンクに助けられ、彼の家にかくまわれる。しかし、そこにやってきた南軍はピンクノ母を殺し、ピンクはしばり首にされる。捕虜となり生き残ったセイは、ピンクとその母との出会いを、共に過ごした短い日々の思い出を、家族に繰り返し語った。セイのその後の生き方を決定づけたであろう何日間かが、その子孫によって見事な色彩と筆遣いの絵で再現されている。

(東京新聞2001/06/24)
テキストファイル化山口雅子