子どもの本

東京新聞1999.11.28

           
         
         
         
         
         
         
    
「十一月の扉」
高楼万子・作(リブリオ出版、1900円)

少女が見つめる赤い屋根の小さな洋館。薄いグレーの空に浮かび上がる「十一月の扉」のタイトル文字。この表紙を見ただけで、なにか心騒ぐ物語の予感におそわれる。
ドラマは冒頭から動きだす。中学二年の爽子が十一月のある日、弟の双眼鏡で見つけたこの洋館に行ってみた翌日、父の転勤で東京に移ることを知る。一人残って、二学期が終わるまではいたい。その間、あの洋館に住んでみたい。とっぴとも思えるその願いは、爽子と母親が洋館を訪ね、家主の老婦人と会ったことで実現する。この強引とも思える展開が、かえって出会いの不思議さを印象づける。
この家には、元教師の家主のほか、建築家の女性とその高校時代の同級生で小学生の娘を抱える女性が住んでおり、爽子はさまざまな出会いを体験する。しかし、爽子はそうした濃密な時間の中で、なによりも自分自身と向き合うことに誠実で、貪欲であり、読者はいつのまにか爽子と一緒に呼吸をしているような気持におそわれる。
重層的でファンタジックな要素ももつこの本の魅力を短い紙数で伝えるには限界があるが、爽子の自立への渇望には道具だての華やかさを超える普遍性があり、読者の至福を感じさせる稀有(けう)な物語である。

「大森林の少年」
キャスリン・ラスキー作、ケビン・ホークス絵
灰島かり訳(あすなろ書房、1600円)

舞台は1918年のアメリカ・ミネソタ州。インフルエンザが猛威をふるったこの年、十歳のマーベンの父親は、息子を北の森林伐採現場で働く知り合いに預ける決心をする。インフルエンザによる一家全滅を恐れたのである。
たかだか八十年前のアメリカで、このようなことがあったことにまず驚く。預けられるといっても、伐採現場に着いたマーベンは、次の日から雑用や帳簿づけの仕事を任される。さまざまなことを自分で判断しなければならず、しかしその責任を果たせばしかるべく評価を受ける世界でもあった。別れの日、大男のジャン・ルイからきこりの仲間として、新しい斧(おの)をもらい受けるマーベン。
設定自体は今の読者にとっては歴史上の出来事という感じだが、マーベンの体験はある種のあこがれをもって受け止められるだろう。
(ふじた・のぼる=児童文学評論家。「新刊から」も)
東京新聞1999.11.28
テキストファイル化松本安由美