子どもの本

東京新聞

           
         
         
         
         
         
         
    


 「転校」は古今の児童文学にさまざまな素材を提供してきた。大体子どもの生活に、そうそう劇的な状況の変化があるわけではなく、決まり切った人間関係の中で日々の生活が進行していく。こうした中で、非日常的な契機としてよく素材となるのは、夏休みなどの旅行の体験だが、逆にいえばそうした特別の時期を別として、子どもの日常はきわめてルーティンな約束事にしばられた世界なのである。こうした中で、「転校」はその当人にとっては世界がまるごと変換されるような一大事であり、また迎える側にとっても、たいくつな日常に新たな風が吹き込まれるきわめてエキサイティングなできごとなのである。
 転校生の移動のパターンとしては、従来は田舎から都会へ、またはアパートや団地暮らしからマイホームへという方向が主流だったように思うが、ここで紹介する二作品は、その逆をいっており、その辺りは昨今の世相を反映しているともいえるだろう。

『ブラック・ウィングス、集合せよ』
橋本香折・作、あべ弘士・絵
(解放出版社、一七〇〇円)

 父親の勤めていた高級外車の販売会社が、不景気による売れ行き不振で失業、琢郎の一家はそれまで住んでいたマンションを引き払って団地暮らしに、そして琢郎は妹のエリカともども私立小学校をやめて地元の公立に通うことになる。狭くて古い団地住まいに不満だらけの琢郎のもとに、「魔の402号室にようこそ。あの部屋は呪(のろ)われている」という怪しい手紙が舞い込む。実はこの手紙は、琢郎と同じ五年生の男の子三人組による一種のテストであり、彼らは自分たちのグループ、ブラック・ウィングスの四人目となるべきメンバーを求めていた。作品は、ここから意外な展開を見せ、少年の「なかまたち」の物語であるとともに、近くの神社の神官の孫娘であるそらをめぐる伝奇ファンタジーの様相も持ち始める。いわば虚像の中で暮らしてきた「今どきの子ども」の代表のような琢郎が、人間としての「根」を獲得するにはそうした二つの物語が必要なのだと読み解くこともでき、独特の魅力を備えた作品になっている。

『ピンチヒッター日の神さん』
山脇あさ子・作、津田櫓冬・絵
(草炎社、一一六五円)

 京都府北部の過疎の山村の農家を改造して、名古屋から移り住んできたあすかの一家。父が画家、母は版画家で、広いアトリエを持つことが二人の夢だった。あすかも思いのほかすんなりと、この土地の暮らしや学校になじむが、野球チームの加入は女の子だからということで断られてしまう。あすかたちが越してまもなく、この土地の重要な行事である「日の神さん」のお祭りの準備が始まるが、ここでも男の子と女の子の扱われ方の差は、歴然としていてあすかを憤慨させる。結局アクシデントが重なったことで、あすかは日の神さんの大役を務めることになるのだが、昔ほど都会と地方の生活や考え方の違いがなくなっている部分と、やはり大きな隔たりがある面とに過不足なく目が向けられ、あすかと地元の子どもたちが、一方通行ではなく互いに影響し合い、なかまとなっていくプロセスが、リアリティーをもって描かれている。
(ふじた・のぼる=児童文学評論家)
(東京新聞1999.04.25)
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