子どもの本

東京新聞

           
         
         
         
         
         
         
    


 絵本を大別すると、物語絵本(画像が中心のイメージ絵本と呼ばれるものも含めて)と科学・知識絵本ということになるだろうか。後者の場合、そこに描かれた絵というのは、理科的もしくは社会科的な知識を読者に伝えるための補助的な手段とみられがちだが、加古里子、松岡達英、西村繁男といった人たちの仕事が、この分野の絵が表現として十分自立するものであることを示している。先々月に紹介した、田畑精一の『ピカピカ』なども、(これは物語絵本と知識絵本の境界あたりに位置するものだったが)こうした分野の成果の一つといっていいだろう。今回紹介する二冊の絵本は、ジャンルとしては一応知識もしくは科学絵本ということになるだろうが、絵のありようを含めて、そうした枠組みには収まりきらないスケールと魅力を備えており、「見て、感じて、考える絵本」とでも言っておきたい。読者の下限としてはいずれも小学校高学年、大人と子どもの読者が本気で向きあえる手ごたえのある二冊である。

『あなたがもし奴隷だったら』
ジュリアス=レスター・作、ロッド=ブラウン・絵 片岡しのぶ・訳
(あすなろ書房、一八〇〇円)

 作者のジュリアス・レスターは、岩波新書に訳されている『奴隷とは』の著者でもあるが、この絵本の前書きによれば、自分より二十歳以上年少のロッド・ブラウンの奴隷をテーマにした絵と出合って、「まだまだ驚くべきことがある」という思いに揺さぶられたのだという。この絵本には、二十一点の絵が収められているが、その一枚目は波に浮かぶ帆船の絵、青空にカモメが舞い、思わず美しいと言いそうだが、波間に何人かの黒い死体が浮いており、「弱った者、死んだ者は、空になったワイン樽(だる)のように海に投げ込まれた」とある。この船は、奴隷たちを満載してアメリカに向かう船なのである。二枚目以降の絵も、それぞれ読者に対して「苦しい想像力」を求めているが、やはり絵として美しく、それは人間の尊厳というものをテーマにしているからだろうか。
 日本人にとっては、自身に直接のかかわりを持つ問題とは受け取られにくい素材だけに、想像力の内実が問われる一冊といえよう。

『こどもエコロジー 太陽』
ユネスコ・アジア文化センター編 藤田千枝・訳
(ポプラ社、一五〇〇円)

ユネスコ・アジア文化センターが、環境の問題をアジア・太平洋地域の人々で共に考えていこうという趣旨から、各国共同で編集した絵本。日本をはじめ、十五カ国から作家、画家、写真家などが参加している。全体が三章に分かれ、「太陽について知ろう」「太陽の民話と伝説」「太陽と生命」という構成になっている。一章と三章はいわば科学的な知識の部分だが、太陽エネルギーの活用が地球環境にとって望ましいというだけでなく、交通網の未発達なアジア地域で、送電線などの必要のない簡便な方法であることに気づかされる。
 そして、やはりこの絵本の眼目は第二章にあり、各国の民話や言い伝えの中から、恵みの源であるとともに苛烈(かれつ)な存在でもある太陽を、アジアの人々がどのような思いで見てきたかが豊かに表現されている。「環境」というテーマと「アジア」という枠組みが予想以上にマッチしていることに目を開かされた。
(ふじた・のぼる=児童文学評論家)
(東京新聞1999.03.28)
テキストファイル化日巻尚子