子どもの本

藤田のぼる

           
         
         
         
         
         
         
    
 いま子どもの本の中で、もっとも“元気”なのは絵本の世界だろう。絵本はその性格上、テーマとかあるいはストーリーにさえしばられずに展開できる自由さがあり、まだまだ個性的な仕事ができる可能性が広がっている。また、今では絵本が小さな子どもたちのものという枠組みはすっかり取り払われていて、若者や大人たちのための絵本として親しまれているものも多い。ただ一方では、肝心の小さな子ども読者のための絵本のヒット作がなかなかでてこないという状況もあり、ジャンルとしての絵本の広がりを歓迎しつつ、子ども読者の立場からのアプローチが求められているようだ。これまでも「新刊から」のコーナーで、毎回一、二冊ずつ絵本は紹介してきたが、今月はメーンの二点で絵本をとりあげることにした。

  『せなかをとんとん』  最上一平・作
         長谷川知子・絵 (ポプラ社、1236円)
 さかあがりが初めてできるようになった日、鉄棒の上からお父さんの姿を見つけたしんぺいは、お父さんに知らせようと懸命に追いかける。一緒に走っているたつやが自分の父親を大声で呼ぶのを聞いて、そんなふうにしたことがない自分をふと意識する。しんぺいの父親は、耳が聞こえないので、手話で会話するからだ。
 自分と父親のコミュンケーションには何の不便や無理も感じないけれど、そこに他者が介在したときに起こるさまざまなドラマ。音のない世界と音のある世界との接点が、全体に原色に近い色を大胆に使った画面と、縁取りが効果的に使われている人物像との微妙な重なりによって、見事に表現されている。
 最後の場面、風呂(ふろ)で父親の背中を流しながら、聞こえない父親にそっと呼びかけるしんぺいの心情が、こうした設定を越えて読者の共感を誘うだろう。

  『よるのどうぶつえん』  川口幸男・文
        村田エミコ・絵 (大日本図書、1339円)
 動物園に勤めることになった青木さんの初仕事が、夜の見回りという設定で、さまざまな動物たちの様子が順に紹介されていく。まずはこの設定が実に効果的で、人のいない暗やみの中での動物たちは、昼間のベールを脱いでその本来の姿を現しているような存在感がある。先輩の飼育係に導かれながらも、動物たちとの出会いを全身で受け止めている青木さんの心情は、そのまま読者のドキドキに重なるだろう。
 この絵本では版画が使われていて、ベージュの地に黒いインクの絵、そして文字の赤のコントラストが美しい。版画というのは色の反転をイメージさせる画法だと思うが、それが昼と夜の反転、見る側と見られる側の反転を象徴しているようでもあり、実に効果的だ。
 「子どもがたのしいかがく」シリーズの一冊だが、科学絵本といったジャンルを超えた魅力があり、またグレードとしても小学生初級を中心に、幼児から小学中・上級まで幅広く楽しめそうな絵本だ。(東京新聞1997.03.23)
テキストファイル化秋山ゆり