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 久しぶりに、絵本である。第一回目の時評でふれて以来ずっとごぶさただったのは、なにもその間、ステキな絵本が出版されなかったということじゃない。ここに来るまで、たまたま、それ以外のジャンルの子どもにまつわる本に食指が動いただけである。
 罪ほろぼしを兼ねて、タイトルだけでも列挙しておくと、例えば国産物の中では、司修がコンピュータ・グラフィックで遊んだ『春を待つ木』(舟崎靖子作/ポプラ社)とか、読みながらカレーを食べたくなる国松エリカの『ラージャのカレー』(偕成社)とか、舟崎克彦、橋本淳子コンビの三作目『これもえんです』(文溪堂)とか、たむらしげるの『ダーナ』(ほるぷ出版)とか気になったし、翻訳物では、ブック・デザインがビシビシにいいレイン・スミスの『めがねなんか、かけないよ』(青山南訳/ほるぷ出版)や、『かようびのよる』以来注目のデイビット・ウィーズナーの『1999年6月29日』(江國香織訳/ブックローン出版)や、モノラルな中間色の使い方が決め手のゴーネル『おおきくなったら』(おびかゆうこ訳/ほるぷ出版)なんか好きである。
 で、今回は、五味太郎の新作のお話。
 さて。昨年春、福音館書店から「小学生からの月刊誌」というキャッチフレーズで創刊された「おおきなポケット」という雑誌があるのをご存じだろうか。この雑誌、「小学生からの」というのがミソで、就学前の子どもを対象に同社が発行している「こどものとも」のノウハウをその上の年頃にも活かそうとしていると同時に、大人の鑑賞にも耐えられる絵本的メディアを創っちゃる! という崇高な姿勢の見え隠れいる、ハイブロウなものである。五味太郎の正しい暮らし方読本』(一四00円、福音館書店)は、この雑誌から生まれた初の絵本であるが、ネームがただ一箇所だけ、掲載時からの変更が行われただけで単行本化されたものだ(雑誌購読者で、ヒマな人は探してみましょう)。「おおきなポケット」のクオリティの高さは、まあ、ここら辺から想像していただけると思うが、それはさておき、この絵本の内容である。 五味太郎という作家の「正しさ」へのあり方、その真摯な態度は、以前からスゴイと思っていた。彼の多作な創作ペースや、影を感じさせないデザイン的な絵柄に惑わされたアホな大人たちは、安易に本作りをする作家だと勘違いしているよ うだが、しかし、五味太郎ほど子どもを見くびらずに直球を放っている作家は、実は、なかなか見あたらない。その好例は『じょうぶな頭とかしこい体になるために』(ブロンズ社)であろう。これは、作家自身の世の中に対する疑問と問いかけが、子ども読者に向かうことでよりハッキリと打ちだされた名著である。が、その表現の中心があくまで文章であったため、「言葉=文章」の理解が楽しむための必須条件となってしまったことは否めない。あるいは、このことが課題として作家の中に残ったのかも知れない。 この流れの中で登場してきた作品が、『正しい暮らし方読本』である。そして、この本は前作に較べ、正しく絵本的である。例えば、一番最初に出てくる「正しい買物のしかた」では、「○○はだからいらない」な〜んていうのを十九回もくり返すのだが、それぞれに絵の説得力がなければ始まらない。しかもこのオチ「ーなどというような『いらない』理由がまったく思いつかない物であって、さいふの中のお金とおりあいがつけぱ、それがあなたの買うべき正しい品物です」と、一見すると人を喰ったようなものだが、しかし、よく考えてみると、現代の消費生活では「物」を買う というよりも、「物を買うこと」を買う機会のほうが多いわけで、そこには深い洞察が感じられたりもするのである。こんな調子の「正しさ」への問いかけが、この本にはぎっしり詰まっている。大学生のディスカッションに使えそうな内容を、小学生にもわかるようにさりげなく作品化した五味太郎の力量に、心から拍手を送りたい。パチ、パチ、パチ、パチ、パチ・・・。(甲木善久)
読書人 93/11/05
テキストファイル化 妹尾良子