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 々にとても楽しい大型ファン夕ジーが出た。『ふしぎをのせたアリエル号』 (リチャ-ド・ケネディ作、中川千尋訳、福武書店、三○○○円)だ。どのくらい大型かというと、ぺージ数で言えば六五九ぺージ、厚さで書えば四センチ近くもある本まるまる一冊を費やして語られるほどの長さなのだ。しかも単に長いというだけでなく、主人公たちが宝を求めて大海原へ出帆するというスケールも大きな物語なのだ。エイミイと仕立て屋である父が作った船乗りの人形キャプテンは同じ日に生まれた兄妹だった。母はエイミイを産んですぐ死に、父は「必ずもどってきます。」というメモを残してエイミイとキャプテンを孤児院の前に置き去りにした後、何年たっても帰ってこない。孤児院では、人形であるキャプテンは最初は靴箱の中にしまわれていたが、エイミィがすくすくと育って五才になった時エイミイに返された。それ以降エイミイはキャプテンをとてもかわいがり、どこへ行くにも連れて歩いた。ところが不思議なことに、エイミイが十才のある日、ふとしたことから人形であったキャプテンが生命をもち、日に日に大きくなっていった。人目につくため孤児院にいられなくなったキャプテンは孤児院を逃げ出レ、波止場で帆船アリエル号の乗組員としての仕事を見つける。年老 いた船長に気に入られたキャプテンは、次期船長の座を約束され、船長の死に際には海賊カウルの宝のありかを示す地図を渡される。一人前に成長しアリエル号の若き船長となったキャプテンは、孤児院にエイミイを迎えに行くが、そこで彼を侍っていたのは、キャプテンの身を案じ心配のために人形になってしまったエイミイの姿であった。しかしキャプテンはそれにもめげず、人形になったエイミイを連れ、宝捜しの冒険に旅立つ。乗組員はステテコから作った航海士や人形から生まれた動物たち。途中、旧船長の妹だと名のり宝の分け前を半分よこせという正体不明の魔女のような女が同行し、海賊船につけねらわれ、嵐に遭い、船をのっとろうとする裏切り者も現われる。果たしてエイミイとキャプテンの連命は……?
単なる魔法や冒険だけでなく、英米の子供たちに昔から親しまれてきた昔話、マザーグース、聖書、そしてシェークスピアなどあらゆる英米文学の伝統を下敷きにして、それに幸福を求めて大海原を渡るというアメリカ的な夢をのせた海洋冒険ファン夕ジーである。
一方漠の宝・あるいはサイードの物語』 (ジクリト・ホイク作、酒寄進一訳、福武書店、二ハ○○円) は、アラビアを舞台にした英米のものとは一味違った・ファンタジー。灼熱の砂漠を旅するラクダの隊商一家に、蜃気楼の中から現われ彼らと同行した語り部スレイマンが、旅の慰みに物語を語るという設定の二重構造の作品。物語中の物語であるスレイマンの話は、水の妖精の祝福を受けた少年サイードが砂漠の宝を捜して旅をする冒険物語。隊商一家と語り部とのやりとりと、サイードの物語が交互に語られ、現実と物語が交錯する。「物語はどのようにして生まれるのか」という作者にしばし寄せられる疑問に答えるべく、そのテーマを縦糸に、冒険、魔法、宝痩し、伝説など様々な横糸を織り込んで、イメージ豊かに仕上げた異色ファン夕ジー。
ノンフィクションでは、元巨人軍の中畑選手と筋ジストロフィー症と闘う兄弟との感動の秘話『約束のホ -ムラン』(綾野まさる作、ハート出版、一○○○円) と、重度の脳性小児マヒにかかりながら、勇気を持って生き、自作の詩が次々よコンクールに入選し、周囲の人々にも生きる勇気と感動を与えている著者が、わずかに動く右足親指一本で綴った自らの青春記『いのちの詩・雅子の青春』 (岡本雅子著、ひくまの出版、二一○○円)がとても印象に残った。 (南部英子)
読書人1990/11/12